直線的に回りくどく
「そろそろ結婚しようか」
ソファーで雑誌をパラパラめくりながら、なんでもない日常会話をするかのように彼女は言った。
一方、何事かと思考停止するのは、彼女の彼氏である緑間真太郎である。
「いきなり何を言い出すのだよ」
「いや、真ちゃんってば中々プロポーズしてくれないからさ。私は、一緒に暮らしてて、だらだらだらだらそれを続けて、なんも変わらないだろうし、結婚なんて今さらしなくていいかー。なんて嫌なのね。それに私ももう三十路手前だし」
彼女は雑誌を閉じて、トイレから戻ってきたまま棒立ちの緑間に手招きをして、隣に座らせる。
「真ちゃんはさ、男の子だし、まだ若いからいいかもしれないけど、私はそろそろ真ちゃんに捨てられたら困る歳になるの。まあ、最近は晩婚化が進んでるけど、でもね、私、子供が、『緑間のうちの母ちゃん、婆ちゃんみたいだよなー』なんて言われるのは嫌なのよ」
お前、という代名詞を使わず、緑間という名前を使う彼女は、捨てられたら困ると言いつつも、捨てられないと確信しているのかもしれない。
緑間は、最初ほど戸惑った表情は見せず、いつも通り、真面目に彼女の話に耳を傾けていた。
もちろん、頭の中では、急にそんな話を始めた彼女に対する戸惑いもあるようだったが、それよりも、そんなことを言わせてしまった事実の方が重要なようだ。
「だから、結婚したいなーって。迷惑かな? 真ちゃんがまだっていうなら、あと二年は待ってあげるけど」
「迷惑なわけがないのだよ。しかし」
「ああ、正式なプロポーズは、真ちゃんのタイミングでいいよ。大切なことだもの。ただ、迷惑じゃないっていうなら早めでよろしく」
そう言って、隣に座る緑間の肩に、凭れる彼女。その頭を緑間はそっと撫でた。そして、
「……結婚するか」
そう、ポツリと彼が言う。
「はい? え? もうタイミングなの?」
「最近、お前が殆ど外出していないのがいけないのだよ」
「外出くらいしてますけど」
「といっても、近所のスーパーに買い物に行く程度だろう。オレが一緒に出掛けてやらなかったのも悪いのかもしれないが、お前にここまで友達がいなかったとは思わなかったのだよ」
「なにそれ、なんでそんな話に」
「わからなのなら、お前のお気に入りの黒いコートのポケットの中を見てみるといいのだよ」
ここまで言われれば、彼女も鈍くはない。彼の言わんとしていることも、そこに何があるのかも理解が出来た。
「タイミングがわからないからって、丸投げは良くないと思うなあ、真太郎くん」
「誰も丸投げになどしていないのだよ」
「気まぐれでクリーニングとか出さなくて本当に良かったわ。私の場合ポケットとか調べない可能性高いし」
「いい加減なところは、結婚するなら直してほしいものなのだよ。子供をいい加減に育てられたら困る」
「子供なんていい加減にしてたって勝手に育つらしいけど、まあ、善処する。でも、神経質に怒るのもやめてあげてね」
そう言いながら、彼女はソファーから立ち上がり、ハンガーにかけてあるお気に入りのコートに手を伸ばす。
「っていうか、真ちゃんが、珍しく、似合ってるって言ったくれたから、このコートお気に入りなんだよ」
「そんなことで」
「そんなことじゃないよ。私には重要なこと」
そして、ポケットの中から、小さな箱を取り出して、安心したように息を吐いた。
「ありがとう、凄く嬉しい」
満ち足りたような彼女の笑顔を見て、緑間の表情も和らいだ。
彼女が、つけてほしい。と、その箱と左手を差し出せば、彼は何も言わず箱を受け取り、その手をとった。
少しぎこちない彼の動きを愛おしそうに眺めながら、彼女は、そう遠くない未来に思いを馳せるのだった。
2013/03/16