変わらないね


「すまない」

彼が、本当に申し訳なさそうにそう言うのだ。許せない訳がなかった。

「いいよ、許してあげる。埋め合わせは、友達として、沢山してもらうけどね」

クリスマスまでもう二ヶ月もない、高校二年の秋の終わり頃に私はそうやって彼と別れた。

秋雨は降っていなかったけれど、ずっと俯いていた私の足元は、水滴によって、少し色濃く変わっていた。

わかっていたのだけれど、どうやっても、自分が割り切れないことはわかっていたのだけれど、その時はそう言うしかなくて。

今も続く後悔のせいで、私はそれ以来、ただの一人も彼氏を作れていなかった。




「……緑間くん。久しぶりじゃないの。どうしたの?」

「用事で近くまで来たから寄ってみただけなのだよ」

「そう、時間あるなら上がる?」

あれから数年後の秋。今年はなかなか気温が下がらなかったからか、少し遅い紅葉の時期のこと。

私が休みの日に家でぼんやりしていると、突然、来訪者があった。

誰かと思えば、それは私の元彼である緑間くんで、高校時代の友達としばらく会っていなかった私は、少し、いや、とても嬉しくなり、暇なこともあって彼を家に上げたのだった。

「もちろん、まだバスケは続けてるんだよね? あと、おは朝だっけ? の占いも信じ続けてるんだよね?」

「当たり前だろう。これが今日のラッキーアイテムなのだよ」

そう言って差し出して来た大きな手には、相も変わらずテーピングがされており、そこにはペンギンのぬいぐるみが握られていた。まあ、そんなことだろうとは思っていたが。

私は、とりあえず座って。と、立ったままだった彼をリビングのソファに座らせる。

そして私自身もそのソファとテーブルを挟んだ向かい側にある、この間買った自分専用の座椅子に座り、特に気に入っている肘掛けに頬杖をついた。

高校の頃、バスケに集中したいと言ってフられ。実はその後、彼が部活を引退した後に、もう一度やり直さないかと告白したことがあった。

そして、その勇気を振り絞った告白は、丁度その日のおは朝の占いが、恋愛運が最悪で、それも『しばらく恋愛は控えた方がいいかも。思わぬトラブルを招くことになる可能性が』みたいな結果だった為に、それを理由にはっきり断られてしまったわけだった。

なので、バスケとおは朝信者を辞めていたら殴ってやるところだったのだが、どうやらその心配はなかったらしい。

「で、まあ、それで本当の理由は何? 昔の知り合いに会うといいって結果でも出たの? おは朝の占いで」

「なぜわかったのだよ?」

「みてるからね、ちゃんと毎日欠かさず、蟹座の運勢まで。あんなっていうのは失礼かもだけど、わりと理不尽な理由で、非合理的にフられたのが悔しすぎてさ、ちゃんとおは朝みて、タイミング計ればよかったって凄く後悔したもの」

傍から見れば、というのは妙な言葉で、傍から見るものなどいない時にも使ったりするわけなのだが。だからこそ、傍から見れば。彼以外がこの会話を聞いていれば、私のこの言葉にはすっかり騙されてくれていたろう。

私でさえ、騙されていた。忘れたふりをして、そういうことにしようとしていたのだから。

「嘘を吐くな、お前はあの日だって、占いを見ていたのだろう」

図星であった。

私の動揺を表してか、私の座る座椅子がギシリと軋む。

「見てたら、普通あんな日に告白なんてしないでしょ」

「あの日、お前の星座の恋愛運は最高だったのだよ。だからお前はオレに告白をしようと思ったんじゃないのか?」

「なんで、人の星座の結果まで見てるのよ」

「お前が俺の結果を確認している理由と同じだ。占いというのは、自分が好んでいる人間の結果も確認してしまうものなのだよ」

「じゃ、どうしてフったの」

「それは何回も言っているだろう。占いの結果が、あの日は良くなかったからなのだよ」

緑間くんはそういう人だ。あの日だって、私は本当はわかっていた。

だから、二回目のあの時も、私は、占いの結果なら仕方ないねって笑って許した。

あの日も、一回目の時のように、彼は酷く申し訳なさそうな顔をしていたのだ。

本当は全部わかっていた。あの日だって、緑間くんの占いの結果まで、私は確認してた。それでも、占いより私を大事にして欲しいなんて、あの頃の私は、ワガママだったのだ。

自分を大事にしてほしいなら、相手の大事なものだって、大事にしてあげなくちゃならないのに。それをわかっていなかった。

「……っていうか、なんで今更そんなこと言いにくるの?」

「最初に告白してきたのはお前で、その次もお前だったな」

「そう、私ばっかり。最後まで私ばっかり緑間くんのこと好きなのかなって思ってたわ。緑間くん、一度も私に好きなんて言ってくれないし」

「そろそろ、言ってやっても良いのではないかと思ったのだよ」

「持って回したような言い方されても、私にはイマイチ理解出来ないんだけれど」

「相変わらず察しの悪い奴だ」

「褒め言葉として受け取っておくわ。で、なんだっけ。緑間くんが、私のこと好きすぎて仕方ないって話だったかしら」

「拡大解釈も相変わらずのようだな」

「それほどでも、でもまあ、控えめな解釈にしても、結局答えは同じじゃないの」

ちなみに、だが。今日のおは朝占いでの私の運勢は、恋愛運が最高だった。特に蟹座との相性は抜群である。

「……ま、仕方ないな。無理に言わなくてもいいよ。そんな期待はそもそもしてないし」

頬杖をやめ、座椅子の背もたれに体重を預けた。

天井を見つめて、自分を落ち着かせるように深呼吸をし、それから、彼に視線を戻す。

「ねえ、緑間くん。私達やり直さない?」

三度目の告白だった。

結局今回も、私からになってしまったが、文句を言うのはやめておいてあげよう。待ちきれなかったのは私だから。

「私、あなたを支えてあげられる程度には、強くなったつもりだからさ」

ただし、今度は何を言われても手離さない事だけは理解させてあげるけど。

悔しかったのは、何も、告白の結果が占いのせいで悪かったことだけじゃない。

一回目のあの時、バスケに専念したい彼を別れなくても支えられる自信のなかった自分自身が。その無力さが、なによりも悔しかったのだ。

「真っ直ぐ物を言うところも、変わっていないな」

「ああ、ちなみに、支えるって一生だからね」

「当たり前なのだよ。オレは昔から、結婚を前提とした付き合いしかしたことがない」

「それなのにフるなんて酷い気もするけど、まあ、あの頃は仕方なかった気もするからいいわ」

お気に入りの座椅子から立ち上がり、彼の隣へと腰を下ろす。そして、どんなに座り心地の良い椅子でも、彼の隣には劣る物だ。なんて、恥ずかしいことを考えながら、久々に彼の髪の毛に触れた。

「三度目の正直、なんだからね。二度あることは三度あるなんてことにしたら、許さないから」

そして、少し腰を浮かせ、もう片手で、彼の襟元を締め上げながらそう言ってやれば、彼は、至近距離にあった私の顔に、さらに自分の顔を近付け、額にキスを落としてから、私を抱き締める。

「成長したのが自分だけだと思わないことだな。オレも、あの頃よりお前のことを考えてやれる余裕が出来たのだよ」

全身に彼の温もりを感じながら、私は、目を閉じて軽く深呼吸をした。

久しぶりだからわからないんだけど、こういうときは、どう返せばいいのだっけ。

「ん、じゃ、安心してる」

よく思い出せないので、とりあえずそう返事をして、彼の背中に腕を回した。




2013/02/23
すっかり更新を忘れていたけど、そういえばこれ11月に書いたヤツだ。
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