装う
「なんでキスするの」
ゆっくり近付いてきた顔を、避けなかった私も悪いけれど。私が他の女の子達みたいに黄瀬くんに好意を持っていないことを黄瀬くんは知っていた筈だった。
放課後の教室。テスト期間だったので、私は勉強をしているふりをしながら、ダラダラと過ごしていた。
家には帰りたくなかった。両親は家にいないことが多く、そのせいで妹が男を連れ込んでいることが多いためだ。
二股はしていないようだが、相手はコロコロと変わって、イマドキの恋愛はなんて軽いんだろうと思った。悪いとは言わないけれど、同じ家の中で妹が彼氏といちゃついていると思うと、なんとなく、家には居にくい。
そんな事情もあり、教室にいて、そんな事情もあり、私は最初は軽そうな黄瀬くんが苦手だった。
彼と仲良くなった、というか、まともに話すようになったのは、ごく最近のことである。
詳しい理由は割愛するが、簡単に説明すると、彼が教室で無防備に寝てたので、私はなんとなく、髪に触りたくなって、だからこっそり触ってみたら、ばれた。
ちなみに、彼以外にも、私はそんなことをわりと頻繁にしている。
割合として多いのは仲の良い女友達に対してだけれど。寝ている男友達に悪戯したりはするし、モデルに触ってみたくなるというのは、誰にでもある心理だと思う。
「え? あー、なんとなくッスかね」
「はあ?」
「そういう雰囲気だなーって、思ったんスけど」
「モテる人達って、よくわからないこと言うよね」
如月っちだってモテないことない癖に。と、私の前の席に座って彼は笑うが、事実私はあまりモテない。
多分、顔が悪いとか、そういうのではなく、性格がモテないのだ。
黄瀬くんは顔もいいけれど、モテる人の中には、顔が並の人だっていて、どちらかといえば、人間は中身だ。雰囲気イケメンなんてのも存在するくらいだし。雰囲気というのは、言うなれば中身のことなのだ。
そして、中身というのも、性格がいいとか悪いとかじゃなく、要領がいいかどうかで、私は要領が悪い。だからモテない。
顔だけでよってくる連中を繋ぎ止めておけるほど、要領が良くないのである。
「如月っちが、オレの髪に触ったのと同じッスよ。なんとなくでしょ? あれも」
「あー、まあ、ね」
「如月っちがこのくらいで、オレのこと意識してくれるほど、簡単な子だとも思ってないし」
「私だって、しないわけではないんだけど」
「警戒する方向での意識じゃないッスからね。オレが言ってるのは」
ため息をついて、黄瀬くんが言った。その表情をみて、ぼんやりと思う。
ああ、なんだっけ。本当は覚えてたし。キスの理由なんて、わかってたんだけれど。
わからないのは、なんで、関係のない私が、関係のなかった私が、彼に好かれているのかで。
ききたかったのは、本当はそれでしかなくて。
「まあ、これで警戒してくれなかったら、次はもっと酷いことしちゃうと思うんで、いい加減覚悟してくれなきゃダメッスからね」
「いや、あの、黄瀬くんは、なんで私のこと好きなの?」
あの日、髪に触れたとき。私は寝ていると思っていた彼に腕を掴まれた。
そして、いきなりの出来事に私は硬直してしまい。顔を机に突っ伏したままで、表情も見せてくれないままの彼が言った。きっと一番気持ちのこもってた『好き』の一言に上手く反応出来なかった。
『ごめんない!』と、何に対して謝ってるのかわからない感じで逃げて、次の日からは、言っちゃったからには仕方ない。みたいに黄瀬くんは話し掛けてきてくれたけど、あの日みたいな切羽詰まったような真剣な声で、好きなんて言ってくれはしなかったので、あの日のことは、私の勘違いというか、思い違いかもしれないなんて思っていた。
でも、今日の黄瀬くんは、あの日の黄瀬くんと同じなんだろう。
余裕をみせようとしているのはわかるけれど、緊張しているのも伝わってきて、キスは優しくて、誤魔化すのがいつもより下手で。
「好きになるのに理由なんていらないと思うんスけど」
「理由はなくても、きっかけくらいはないと納得いかないというか。だって、私黄瀬くんと一度も話したことなかったし」
「きっかけ、ないことはないッスけど、それに、一度も話したことなかったってのは、酷くないッスか?」
「え?」
「文化祭のとき、買い出し組だったじゃないッスか。如月っち」
「ああ、あれ? 黄瀬くんもそうだったっけ?」
「いや、違うッスけど」
「じゃあなんの関係が」
「帰ってきたとき、確か飲み物だった気がするんスけど、なんか女の子なのに重いもの持たされてるなーと思って見てたら、誰にも気付かれないところで、その荷物自分の足に落としてその激痛に蹲ってて」
「黄瀬くんあれ見てたの!?」
「見てたっていうか、大丈夫ッスか? って声かけたら、大丈夫大丈夫! って返事してくれたじゃないッスか」
「ああ、そうだっけ? アレね。全然大丈夫じゃなかったから覚えてないんだよ。確か小指にね。なんかね、缶のジュースの角がめり込んだんだよ。見られてたとか、はっず。で、それが、なんの関係が?」
「それから、面白い子だなーって見てたら好きになってたんスけど」
「え? あんなことで?」
「まあ、トドメは髪触られた瞬間ッスよね」
黄瀬くんが、机に置いていた私の手を指差した。
「如月っちに髪触られた瞬間、ビビッときて、今、告白しなきゃいけない気分になったというか」
「それもなんとなくってわけですか」
「いや、顔熱くって顔もあげらんなかったくらいッスから、なんとなくってわけじゃないッスけど」
「そういうこと言われると恥ずかしいんだけど」
「いや、言ってる方もかなり恥ずかしいんスけど……」
「じゃあ言うなよ」
まあ、嬉しいけどね。と、私が呟くと、黄瀬くんの顔はわかりやすく明るくなった。
今まで、基本私が優位だったのに、こうなったらそうはいかないんだろうなあ。と、私はため息をついた。
「って、なんスかそのため息!」
「別にー」
「あ、水曜日までテスト期間じゃないッスか。その間にデートしません? オレも部活ないし」
「別にいいけど、黄瀬くん、テスト大丈夫なの?」
「う……じゃあ、テスト勉強を兼ねて、オレのうちでお家デートとか」
「大丈夫じゃないのかよ。まったく……私も理数以外出来ないからね」
そう言いつつ、机に広げていたノートを鞄にしまい、帰り支度を整えた。
帰ろうか、と声を掛ければ、黄瀬くんはとっくに支度を済ませていたようで、鞄を肩にかけて立ち上がる。
勝手に手を繋いでくるところが、恋愛下手な私からすれば凄く助かるけれど、ふと、他の子にもしてるのかなあ、なんて思ってしまったりして、少し嫌な気分になってしまった。
彼に対してではなく、自分に。
そんなことを気にするほどに、本気でのめり込むことは無いのだ。
特に、彼みたいな人相手には。
「……あと、なんだっけ、とりあえず、束縛する気はないから安心してね」
「ベツに、そんなの、如月っちになら、構わないんスけど」
「……! そういうのやめろ、バカ」
ああ、ダメだ。多分私、やっぱり彼にのめり込む。
2013/02/17
ワンコな黄瀬くんを書いてみたくなりました。そしたらよくわからなくなりました。