明日地球が終わるから


クラスの、地味な女子と、ひょんな事から出掛けることになり、駅前で待ち合わせをしていた。

「やっほー、モデルくん」

そこで待っていたのは、赤いメッシュの入った長い髪に、この寒い中ホットパンツを履いて、ファーのついたコートに、黒いブーツ。オマケにピアスが左右三つずつ。いや、左は四つか。そんな派手な女の子で。

何をどうしてそうなったのか。

校則通りの制服を着用する彼女とは、まるで別人だった。

「目立つけど、私だとはバレないと思わない?」

「そのピアスどうしたンスか」

「これは元々開けてたよ。中学の夏休みとかに開けたの。髪はこれ、エクステだけど」

「服は?」

「新品なのは見てわかるでしょ? こんくらいしないと、モデルくんとデートなんて出来ないって」

相手が私だとバレたら学校の女子にどんな嫌がらせされることか。

とニヤニヤ笑って言った彼女が、目立つ事により、他から目を背けさせる作戦を取るのは、まあ、性格から考えて想定すべきだったかもしれない。

「しっかしこういうカッコってさみーね! 女子力高い子は変温動物なのかな!」


「で、どうするんでしたっけ、これから」




地球が明日終わるなら、今日はモデルくんとデートしたいって女の子、何人いると思う?

凄い質問だった。というか、極端な質問だ。そこまで自分をそこまで好きでいてくれる人間が何人いるかなんて、普通は本人に聞いてもまともな答えなんて返ってくるとは思わないだろう。

そんな質問を彼女はオレにしてきた。初めての会話とは思えないくらい、馴れ馴れしく。

「三人くらいッスかねえ」

「嘘つき。ホントは一人もいないと思ってる癖に」

「まあ、実際、明日地球がなくなるなら、そうかもしれないッスね。でも、その質問をして、何人の女の子がそう答えてくれるかって話じゃ、また違うでしょうし」

「では、三人という数字はどこから? ただの質問なら、人数はもっと増えるわ」

「適当ッス」

「つまり、私の質問なんて適当に返せばいいかと、そう思ったわけね」

「如月さんって、面白キャラだったんスか」

「否定はしないわ。肯定もまたしかり。さて、ではモデルくん。私がその一人目になってあげると言ったらどうする?」

「は?」

「地球が終わる日に、傍にいたい人がいるんだ。でも、その人が今度結婚してしまう。だから、そんな彼への最後のストーキングに付き合って欲しい」

私の世界は、彼が結婚したら終わるから。と彼女は言った。

「地球が終わる前の日に、デートをしてくれませんか」



ストーキングと彼女は言ったが、ただ、結婚式の前に、昔告白してふられたその男に、オレを彼氏として紹介したいだけらしかった。

彼女の計画は綿密で、その男の、その日一日のスケジュールは、わかる範囲で調べ上げられており、彼女がその行為を最後のストーキングと言ったことが、強ち間違っているわけではないと思えた。

流れは、簡単に言えば、デートの最後辺りに、偶然その男と出くわし、明日ですねーなんて会話をして、オレの紹介をしつつ、自分も早く結婚式がしたいだのという予定らしい。

丸一日デートするのは、少しでも自然に恋人らしくする為だと言っていた。

「でも、その格好じゃ、その彼も気付いてくれないんじゃないッスか?」

「見つけてくれるよ。私のピアス開けたの、全部その人だし」

「どんなヤツなんスか、その人」

「それから、このブーツ選んでくれたのもその人かな。別にモデルくんと違ってチャラい人じゃないよ。ピアスは、私がビビって自分じゃやれなかったから頼んだの」

「ビビる癖に七個……チャラいのは否定しないッスけど、如月さんってかなり失礼な人ッスよね」

「モデルくんは、思ってたよりかなりいい人だよね。気まぐれだろうけど、付き合ってくれてありがとう」

そんな会話をしながら最初の予定通り映画館に向かうわけだが、彼女の動きはどうにもカップルっぽさに欠けている。

リードをしてあげようと手を繋げば、彼女は、一瞬ビクリとしながらも、上手に指を絡めた。

「モデルくんごめんね。実は彼ばっかり見ていた為に、私には彼氏がいたことがないの」

「そんなことだろうと思ってたんで、気にしなくていいッスよ。そこんとこはオレに任せて」

「この借りは、今度なんかしらで返すから」

彼女の人選は悪くない。

他の男より女慣れしていることは自負しているし、モデルという仕事のおかげもあり、自分がどう見られるかという意識は他の男子生徒よりは間違いなくあるだろう。

望まれてる自分を演じるのは簡単だ。

「こういうお願い、してきた女の子いないの?」

「はい?」

「少女漫画とかだとさー、好きな男の子に彼氏役頼んだりってあるじゃん? 少女漫画バカにしてるわけじゃないけど、ホントはそういうのやっぱないのかー。漫画とリアルは別もんだな」

人混みの中で、彼女の目はキョロキョロと動く。最後の場所はその男が間違いなくいる場所らしいのだが、念のため、今日のデートコースは、その男がいる可能性の高いところに設定しているようだった。

「如月さん」

「ん? なんだいモデルくん」

「バカにしてても、今日だけはそういう女の子の気分で振舞ってくれないとダメッスからね」

「バカにしてないって言ってるでしょ。って、やば、時間ないじゃん! 急げモデルくん!」

今思い出したのだが、そういえば彼女は演劇部なのだ。

ここまで、普段の自分と違う格好を着こなせるのもそのお陰なのか、というか、普段の地味な風貌も、全て演技なのかもしれない。

だとしたら、どこまでが演技なのだろう。

しかし、少女漫画のヒロインのように、好きな男とデートする為に、こんな小芝居をするようには思えない。

彼女がするなら、もっと。多分、壮大な。




壮大なラブストーリーを巨大なスクリーンで見終わった後、彼女は予定通り喫茶店に向かう。

恋人らしい会話でもしてみるか、と、今日の髪型を褒めてみれば、その男が赤を好んでいたことを教えてくれた。

彼女はバカなのかもしれない。

「モデルくんは赤は好き?」

「まあ、嫌いではないッスけど」

「私もそんな感じ。色なら青とか黒が好きだなー」

どこかの誰か達を彷彿とさせる色ばかり言う彼女。

「あと紫かな。うん」

「緑はどうッスか?」

「好きだよ。目に良いよね」

黄色は、と聞きそうになったが、好きではなさそうなのでやめておいた。

それなのに彼女は、それを見透かしたかのように、言葉を紡ぐ。

「黄色も好きよ。わりと。っていうかね、私似合わない色が無いんだよね」

「なんか、凄いッスね、その台詞も」

「だから、どの色も嫌う必要性なくってさ。黄瀬くんもこういうの、わからないかな?」

わからなくはない。

彼女の地味な姿は、多分その結果なのだろう。自分をよく見せる為に必要なオシャレだとか、ちょっとした工夫が必要ないから、彼女はきっと校則を遵守した姿で学校に通っている。

「時々思うんだ。自分はどうして、なんのためにって」

「誰でも考えることッスよ」

「そう。ただ、若いからそんなこと考えるだけ」

台詞のような、彼女の言葉。

先ほど店員が持ってきたコーヒーは、少し冷めていて、温さが、先ほどより味を引き立てる。

「そろそろ、行こっか」

「……如月さん、ホントは何をどうしたいンスか?」

「なんの話?」

ほら、行くよー。と、既に自然に手を繋げるようになった彼女に、どこか違和感を覚えた。




終盤。予定通り、その人が彼女に話しかけてきた。彼女も言っていた通り接する。

笑顔、多分作り笑顔だが、手を繋いだ時より違和感はない。

この後、何かを仕掛けてくるのだろうか。しかし、彼女はその男と暫く結婚式について話をした時も、普通に、僅かな違和感が残る程度にこちらに目配せをする程度だった。ただ、オレとの恋人という距離を図り兼ねているだけのようだ。

やっぱりそれだけか。そう思い、オレはその様子を眺めていた。それから、その人と別れ、彼女が、今日はありがとうとオレに言う。壮大な小芝居なを打っているなんて、なんで思ってしまったのか。バカバカしい勘違いにもほどがあったかもしれない。彼女が本当はオレが好きだとか、もしそうだとしたら、他の女よりちょっと頭の回る、でも、そこまで大したことのない女だとか。もしくは、何かしらの理由で、どうにかしてオレを嵌めようとしているだとか。全ての勘違いは失礼にもほどがあったかもしれない。





そう思って彼女見たら、酷い顔で泣いていた。





騙された。

女慣れしていて、事前にそんなこと察するのは当然で、女の子が涙を見せる前に、その涙を拭う準備くらいいつもは出来ていた筈だった。

強がりを見抜かせない為に、ミスリードを繰り返し、こちらを疑心暗鬼にさせることで、まさかそんな効果を狙っていたとは。

まあ、彼女の計算違いは、オレと別れてから泣く予定だったところを流石にそこはコントロール出来ずにすぐに泣いてしまったところなわけだが。

「如月っち」

「何よ、ふざけてんじゃないわよ。その呼び方」

「いや、今回はマジでしてやられた感が満載っていうか」

「なんの話?」

ズズッ。と鼻水をすすり、自分のポケットティッシュを取り出して、それはもう、何かを吹き飛ばすかのように盛大に鼻をかむ彼女。

「如月っちほどの女なら、すぐに尻に敷けるいい男が現れるッスよ」

「私はどちらかというと振り回されたいタイプなの」

「好きな人一人しかいたことないのによく言うっスねえ。でもそれは諦めた方がいいと思うッスよ。オレでさえ騙されたのに」

いや、まあ。ピアスとか、これでも彼女は散々あの男に振り回されていたのかもしれないが。

「如月っちを振り回せるなんて、とりあえず同級生じゃ無理ッスよ」

「モデルくんさあ、慰めるとか無いわけ? 私だって、かっこいい男の子に慰めてもらいたいとくらい思うよ?」

「嘘つき。慰めて欲しいなんて思ってない癖に」

「まあ、確かに、いくらかっこ良い男の子でも、黄瀬くんとそれ以外じゃ、話が変わってくるけどね」

「じゃあ、慰めてって言葉はどっから来たんスか?」

「えー、まあ」

相変わらずの泣き顔で、それでもスッキリしたような顔で、また鼻をすすりながら、彼女は言った。

「適当?」




2013/01/01
続きを連載として書きました。TOPページのlongからどうぞ
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