騙し騙しのお付き合い
洗濯物を畳んでいて、ふと思ったことが勝手に表に出て行ってしまった。
「黄瀬くんは、別に私じゃなくてもいいんだよね」
しまった。と思ったのも、顔に出てしまっただろうか。
言うなら言うで、キチンと覚悟してから言うべきだったのだ。
今更、ポーカーフェイスを装っても遅いかもしれないが、とりあえず、私は、必死に冷静な表情を作った。
「なんでそんな話、今更するんスか」
とっくの昔に割り切った筈の事だった。彼にとっても、私にとっても。
私のうちのギリギリ二人座れるくらいの中途半端な大きさの黄緑色のくたびれたソファーの右側に、黄瀬くんは遠慮がちに、それでもさも当たり前のように腰掛けていて、それはもう二年は続いている光景だ。
「そのソファー、買い変えようと思って」
「は?」
「だから、私も、黄瀬くんにとってそんなものなんじゃないかなと。そろそろ、変えてもいいんじゃない?」
「あんな顔で、あんな事言う癖に、小手先の誤魔化しは一丁前ッスよね、如月っちって」
ばっちりばれているようでもあるが、彼の言うとおり、小手先だけの誤魔化しなら得意分野で、彼の言い方からすれば、その言葉は鎌掛け程度に過ぎないのは明白だ。
私の誤魔化しを看破しているのなら、一丁前なんて言わずに、彼はきっと普通に下手だと言ってくるだろう。
いや、そう思わせるフェイクだと言うのも、彼ならありうるのかもしれないが。
「他にいい子いるの、知ってるんだけど」
「Facebookでよく絡んでる子なら、別にそういうんじゃないッスけど」
「Facebookの話じゃない。それに私、ふざけてないんだけど」
というか、黄瀬くんは、一体自分が、Facebookでどれだけの女の子とよく絡んでるかを把握していないのだろうか。
そんなことあるわけないから、きっとこれは、彼なりの誤魔化しだ。話を流すために、わざとそういうことを言っただけ。
「じゃ、具体的に個人名あげて欲しいんスけど。その言い方ズルいっすよ。相手がわからなきゃ弁明の余地もないし、下手なこと言うと事実がないのにでっち上げられそうッス」
「事実がないなら、そんな心配する必要ないと思うけど。確かにフェアじゃないね。でも、具体名だすと、こっちの手札全部さらすようなものだから、Tさんとでも言いましょうか」
勿論、寺生まれでは無いけれど。
「もしくは、寺沢さん、かっこ仮名。とか」
「こっちは真面目に話してるんスけど」
「それは失礼しました。で、黄瀬くん、あなた、その寺沢さんと、この間遊びに行ったでしょ。それも二人で」
「どこ行ったって話ッスか、それは」
「ね、わからないくらい、いろんな女の子と、いろんなとこ行ってるんでしょ。私必要ないじゃない。一応本命。なんて、とりあえず別の子にしときなさいよ。そしたら私、ちゃんとした本命作って、ある程度の期間付き合って、その後結婚して、幸せな家庭を築くわ」
黄瀬くんが、ソファーに深く腰を掛け直す。
ほとんど意味をなしていないスプリングが、申し訳程度に軋み、それから、彼は、何か考え込むように、顎に手をあてた。
「オレはこのソファー、結構気に入ってるんスけどね」
「つまり、飽きたのは私だっていいたいわけ?」
「そこで、ソファーと同じように今でも自分が愛されてるって話じゃなく、その奥まで話が飛ぶとこ、好きッスよ」
そして、そう言ってソファーから立ち上がると、目の前のテーブルにおいてあった雑誌を手に取り、私の方へ歩いてきた。
それから、その雑誌の付箋の付いた部分を開き、当たり前のように隣に座る。
「今度ここ、行きたいと思わないッスか?」
「……ズルいことするよね、ほんと」
小手先だけの誤魔化しが上手いのはどっちのことだ。と思いながら、私は雑誌を彼の手から奪う。
もう仕方ない。これは、しょうがない。
「今度って、いつよ」
「如月っちが飽きない内に」
「黄瀬くんの言った通り、とっくに飽きてるんだけど」
「やめるほど嫌いでも無い癖に」
誰かに見せつけるように、気付いてもらう為に貼っていた付箋を剥がし、黄瀬くんの頬に乱暴に貼り付ける。
彼を誰かに私の物だと見せつけられる日は、きっとこないのだろうけれど。
2012/12/09
青峰くん書かなすぎてどうしよう。