交点Bの座標について


「真太郎」

「なんだ?」

「壁ドンって知ってる?」

私のうちのソファーに、我が物顔で腰をかけている真太郎。その肩に寄りかかるように、隣に座りながら、私は彼に話し掛けた。

「壁ドン? なんなのだよ、それは」

「私は、ほら、うちマンションじゃない? んで、たまに隣近所がうるさかったりするわけ。そういう時、壁をドンって叩いて主張しようと思ったりするんだけど」

「そんなことをしていたのか。それはあまり良い習慣ではないと思うが」

「いや、思ったりするだけで、した事はないよ? でね、そういうのが、壁ドンだと思ってたわけ。そしたら違ったんだよねー」

真太郎が知っているかを確認したかっただけで、知っていたら、その勘違いを笑って貰おうと思っていたのだが、彼が知らないのなら仕方が無い。話題を変えよう。

そう思い、他になんか話題あったかなー。なんて、考えを巡らせていたら、真太郎が、なぜか不満気に口を開いた。

「で?」

「え?」

「だから、結局壁ドンとはなんだったのだよ」

「あ? 気になるんだ」

「別に話したくないのなら話さなくてもいいが」

「なんでそう、拗ねたみたいに言うのよ。話したいよ、だから話させて」

そう言ってやれば、真太郎は、ため息でもつくかのように、ふう、と息を吐いた。

余裕ないよなあ。と、思う。真太郎は、私といると結構余裕がない。私だって真太郎といると余裕なんてないのに、きっと真太郎はそれに気付いていないのだ。

「壁ドンっていうのはね。少女漫画とかで、男の子が女の子を壁に、ドンって押し付けたりするじゃない? ああいうのを言うらしいの」

「壁にドン?」

「真太郎は少女漫画とか読まないかな? えーとね、このクッションが女の子だとするとー」

やりにくい。座りながらじゃ無理があると思い、とりあえず立ち上がってみたのだが、ソファーとクッション相手じゃ実演もしにくい。せめて壁と、抱き枕程度の相手役が欲しい。

それを見兼ねてか、真太郎も立ち上がり、私からクッションを取り上げた。

「やり方を教えてくれればやってやるのだよ。男役は女役にどうすればいい?」

「えーと、」

壁ドンというのは、私の友達から言わせると、高校時代に一度はされてみたかった、というか、大学生になったって一度はされてみたいシチュエーションらしいのだが、こうやってしてもらうものだっただろうか。

真太郎は大学生だが、私は大学生どころか、そもそも社会人なわけだし。憧れたこともないし。そもそも、真太郎と私の身長差は恐ろしい程ある。

せっかく壁ドンをしていただいても、腹しか見えない可能性もあった。

「さっさと教えるのだよ」

「じゃ、とりあえず壁際に移動する? で、えーとね」

壁際に移動して、とりあえず私は壁に寄りかかった。

「この状態から、真太郎は、私のこの、顔の横にね、片手を置くの」

真太郎が棒立ちのまま、私の顔の横に手を置く。身長差のせいか、かなり微妙な体勢である。理想とは程遠い。

「そう、でー、えーと、いいや、両手でいいや。でね、ちょっと腰を落とす、じゃなくて、折ったほうがいいかな。そうそう膝も折って、うん」

なんとなく私の言いたいことがわかってくれたのか、真太郎の体勢は、なんとか理想的な形になった。

「こういう感じ。でも真太郎の身長じゃこれ辛いよね」

「この格好になんの意味があるのだよ?」

「女の子の憧れのシチュエーションなんだって。私にはよくわからないけど、」

「これが憧れか、それはよくわからんが、まあ、しかし」

「ん?」

「確かに、キスはしやすい体勢なのだよ」

そう言われ、ちゃんと意識してみれば、確かに真太郎の顔はすぐ近くにあった。

今更、心臓が大きく脈打った。

「あ、や、あの」

とりあえず真太郎の肩のあたりを押してはみるが、もちろんそんなことで退いてくれる彼ではない。

乱暴にとまではいわないが、強引に奪われる唇。そして、唇が離れてから見てみれば、また、余裕のなさそうな顔。

「わかった。しょうがない、わかったから」

そう言った私を軽々と横抱きにして、真太郎は私をベッドへと運ぶ。

女の子の好きなシチュエーションをこうやってあっさりと経験させてくれる辺りが、真太郎は凄いと思う。

ベッドに降ろされたところで、腕を伸ばし、彼の首に抱きつき、顔が見られないことを良いことに、今日も私は余裕のなさを隠す為、遠回しな愛の言葉を囁くのだった。



2012/10/14
緑間くんの口調がゲシュタルト崩壊しそうになる今日この頃。
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