後腐れない。


「アンタから見りゃあ、私なんて、そりゃ重い女でしょうよ」

「なんスか、それ」

「あなた、人の友達A とB食ったでしょ」

プライバシーの保護の為、彼女が名前をぼかしてそう言ってやれば、黄瀬は困ったような顔をして笑った。

それは、彼が他校のバスケの試合を見に行った帰り道の事であった。

なんで彼女はオレの今日の予定を知っているんだろう。黄瀬は、そんなことを思う。

彼女とここであったのが、何故か偶然だとは思えなかったのだ。

「それ、別に如月さんには関係ないっスよね?」

「まあね。ただ、そういう人が同じ教室にいて、同じ空気を吸っているとイライラするの、まあ、知らなければ、別に気にせずに済んだんだけど」

「じゃあ、何のためにこんなとこで、そんな話題ふっかけてきたンスか」 

こんなとこというのは交差点の信号待ちの場面である。

そこで、彼女は何食わぬ顔で、彼の隣に止まり、自転車から降りた。

「簡単な話よ。部活と、赤点をとらなくて済む程度の勉強と、モデルと、セックスをすべてこなせる黄瀬くんにちょっと聞きたいことがあっただけ」

如月のその言い方に、怪訝な顔をする黄瀬だが、彼女は、そんなこと関係ないとでも言うように、話し掛けた当初とは全く違う調子で話を続ける。

「私のこと、抱ける?」

信号が青に変わる。黄瀬は、横断歩道を渡らずに彼女の顔を見つめた。

彼女のことをよく知るものが端から見れば、とはいえ、条件に合う、端から見ているものなどいなかったのだが、それでも端から見れば、重い女が、重りを外したようにしか見えなかっただろう。

それに、彼女は自称重い女ではあっても、実際には、わりとあっさりした性格をしていたし、夢であったファーストキスの相手との結婚だってとっくに諦めていて、初体験の相手との結婚だって、特に、それほどまで思い入れが有るわけではなかったのだ。

メンヘラなわけでも、ヤンデレなわけでも、怖い彼氏がいるわけでもなく、断る理由は、雰囲気の悪さ意外ではなかった。

雰囲気だって、その気になればここから作って行くことが出来ただろう。

それなのに、彼はそれを即決で断った。

「無理ッス」

「あら、据え膳食わねばなんとやらだよ?」

「据え膳に食われたくはないんで。遠慮しとくッス」

あら。と、彼女は意外そうな顔をした。が、しかし、なぜか、すぐに納得行ったような顔をする。

「私の友達Cがさ、そんな二人の話聞いても、あなたのこと好きって言うんだよね。だから、だからちょっと、私の知らないとこ見てみたいと思ってこんな話した訳なんだけど、まあ、こんなもんか」

「そもそも、如月さんのことなんで、抱けるっていっても、本当に抱かせてくれるかわかったもんじゃないッスけど、それ以前に、如月さんはちょっと無理というか」

「タイプじゃないんじゃないよね。黄瀬くんは、めんどくさくない子を選ぶのうまいんだよね。羨ましい性格してるなあ。で、それ以外の子をその気にさせないのも得意みたいだね。まあ、失敗もあるみたいだけど」

「あー、Bさんとやらがなんか言ってたッスか?」

「Bさんの方だってよくわかったね。なんかアイツ、黄瀬くんのこと、ホントに好きかもって。CさんとBさん、それで戦争状態だよ。どうにかしてよね」

「それ、別にオレ悪くないんじゃないッスか?」

「Bさんはともかく、Cさんはいい子だから、あんまりアンタみたいなのに手を出されたくないんだけど」

「あ、今漸くCさんが誰だかわかったッス。へえ、あの子オレのこと好きなんスねえ」

悔しいことにね。と、彼女は笑った。その反応を見て黄瀬は漸く横断歩道を渡り始め、彼女はその行為を後を着いて行った。

「まあ、でも安心して大丈夫ッスよ。あの子タイプじゃないし、そういうタイプでもないだろうし」

「そもそも、アンタのタイプってどんなよ?」

「束縛が強くない子、ッスかねー」

「あっそ。アンタの周り見てれば、ちょっとくらい束縛したくなる気もするけどね。なんにせよ、私には関係ない話だわ」

それから彼女は、とりあえず安心したわ、じゃあね。と、自宅に帰るためか、黄瀬の進行方向と自分の進路を変更した。

そんな彼女を呼び止めるつもりはなかったようだが、黄瀬がつい口に出した言葉に、彼女は足を止め、振り向く。

「如月っちって、恋愛に興味ないわけじゃないのに、そういうのに疎いッスよね」

「気にしてること言っちゃうなんて、黄瀬くんらしくないなあ。なによ、いきなり。っていうか、なによ、如月っちって」

「そこまで話す訳じゃないのに、ヒトのことわかったみたいに話すから、それで結構外さないから、そのお返しッス。あと、如月っちっていうのは、」

「呼び方についてはなんとなくわかったからいいわ。で? 彼女達もそんな風に呼んでるわけ?」

「呼んでる子とそうじゃない子がいるッスけど、Bさんに関して言えば呼んでないッスね」

彼女の質問の意味を察して、先回りして正当を答える黄瀬。

彼女は、そんな彼にため息をついた。

「あのねえ、私、面倒事嫌いなの」

「それは嘘ッスね。ならそもそもオレに話しかけてこないだろうし」

「よく話さないのに、随分ヒトのこと、わかったみたいに言うじゃない」

「オレの気持ちわかってくれたッスか?」

「残念ながら、不思議な爽快感を覚えているわ。でもまあ、わかってるだろうけど黄瀬くん」

「はい?」

「その呼び方、あの子達の前ではしないでね」

どうしよっかなあ。と、意味深に笑う彼。彼の意図など如月にはもちろん読めなかったが、まあ、いいか、と、彼女は、もう一度、じゃあね。と言って、彼に背を向け、マイホームへと足を動かし始める。

彼女が、面倒事が嫌いなのは嘘じゃない。しかし、確かに黄瀬に話しかけた点に関しては、面倒事に自ら巻き込まれに行ったと思われても仕方のないことだ。

だからこそ、これ以上一緒にいるのは、得策ではない。と、彼女は判断したのである。



その翌々日のこと。都合のいい頭をした彼女が、黄瀬とのやり取りをほぼ忘れて、何も考えず学校へ登校したところ、黄瀬はあっさり、如月っち、おはよッス。と挨拶をしてきた。

その挨拶に対して、別に不愉快そうな顔もせず、普通に、おはよう。黄瀬くん。と返事をする彼女に、黄瀬は、また少し困ったような顔をする。

「如月っちって、わかりやすいとこ可愛いくらいわかりやすいのに、わかりにくいとこ凄くわかりにくいッスよね」

「そうやってあっさり可愛いとか言えるからモテるんでしょーね、黄瀬くんは」

「褒めてくれるンスか」

「貶してるのよ」

「またまたー、そういうオレのこと嫌いじゃないンスよね?」

「それは正しいかもしれないけど、半分外れてる、かな」

彼女の返事に、まあ、わかってるッスけど。とでも言うような顔をする彼。

彼女は、意味深に笑いながら言葉を続けた。

「私、そもそも、イライラする人はいても嫌いなヒトなんていないだけだもの」

「知ってるッス」

「黄瀬くんも、そのラインなだけだから。勘違いはしてないだろうけど、私の初めての嫌いな人にはならないでね」

「面倒事嫌いなくせに、面倒な人ッスよねえ、如月っちって」

ケラケラと笑う彼。そして、すぐにじゃ、それだけッス。と、彼女から離れ、自分に声をかけてくる他の女子生徒の元へと向かう。

それを気にする様子もなく。如月は校舎へと向かったのだった。




2012/09/23
黄瀬くんってどんな話書けばいいかわかりません。あの人書くとしたら、連載じゃないと上っ面だけの話になりそうで怖いです。なので、あえて上っ面だけの関わりを書いてみました。
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