選択式の解決論


「秋丸くんちょっといい?」

三十一回目。私は初めて秋丸くんに自分から話し掛けた。

頼まれたら、なんて、頼まれるまで待ってられるような女じゃなかったのを自分で忘れていた。

しかしまあ、いつだったかに榛名に話し掛けた時よりずっと気分は楽だった。秋丸くんは間違いなく私を知っているのだから。

「え?」

秋丸くんは案の定。驚いたように私を見た。朝の教室。あの一週間の最初。

秋丸くんはこんな気分を何十回も味わってきたんだな、そう思うと辛かったけれど、彼の気持ちをようやく本当に知れた気もして。

「終わらせてあげるから着いてきて」

「え、あれ? 全部覚えてるの? ていうか、いや、でも今から授業」

「何回も同じ授業受けてなにが楽しいわけ? っていうか、授業中だからこそ行かなきゃならないの」

「っていうか、越石さん、もしかして前回の覚えてるの?」

「前回どころか、全部覚えてるわ。っていうか、多分秋丸くんの知らないことまで知ってる」

チート臭いが、それを与えたのは出題者本人だ。反則にはならないだろう。

それでも、これだけやり直してきた彼に対しては申し訳なさを覚えるが、今はそんなことを気にしてるわけにもいかない。

時間が無かった。だって、私の記憶が次回まで続くかなんてわからないのだから。

「わかった」



ちょっとだけわがままに付き合わせるけどごめんね。

大丈夫。これが終わって帰っても、私は怒らないから。



国語科準備室。部活やらなんやらで、去年散々お世話になったそこに私はいた。

ある世界の私はここで先生に告白したし、探偵ごっこの最中、しょっちゅうヒントや答えをもらいにきた。

なんやかんや文句言いながら、答えを教えてくれちゃうのが、先生、山口先生のいいところだった。

多分、今回のもそれだと思う。

だって、全ての世界の記憶が、秋丸くんが死ぬところで途切れてるのに、最初の記憶だけが、全部解決するまでしっかりあるなんておかしいじゃないか。

まあ、詳しくはネタバレになるから言わないけど。

一生懸命自分の世界に引きこもって、なんなのあの人。

色々誤魔化す為なのか、適当なことも言ってたけど、嘘ばっかりじゃないか。

秋丸くんは本当に不憫な人だ。

「さて、先生がいない間に家捜しするぜ」

「えーと、犯罪行為ってところにはツッコミはいれないけど、オレ達は何を探そうとしてるの?」

「秋丸くんったら良心的な読者視点だよねえ。ほら、そこにある本の山。その中に先生の一番好きなループものの本が入ってるハズなんだよね」

ちなみに図書室で借りれるヤツ。

バーコードが背表紙にある本なんて数える程度しかないわけで、それらの中に間違いなくあると思う。

「ループ物……?」

「隠し事って苦手だから言っちゃうけど、ループの原因は山口先生だよ。あの人自分の後悔を人にやり直させてる」

無意識だろうが、いや、無意識だろうから、タチが悪い。

私は、とりあえず、そびえ立つ本の山を蹴り崩した。元文芸部員としては最悪の、本に対する冒涜かもしれない。っていうか、本好きが見たら卒倒すると思う。

「なんでって顔してるね。それでこそ、ループしてる張本人のわりには読者に親切な秋丸くんだわ」

メタ発言を繰り返す。世界観なんて世界ごとメッタメタに破壊してやるわ。メタ発言だけにな。

まあ、笑えないセンスの悪いジョークはあえて置いておこう。

「でもまあ、ヒントはそこら辺にあったし、伏線とは名ばかりのネタバレ豊富な話でしたから、秋丸くん以外の読者さんはとっくに理解してるだろうけど、教えてあげるよ」

まずは一つ。

「西中さんが死んだことを後悔してるヤツは沢山いるけど、自らなんのアクションも起こさなかったおバカさん共は先生と秋丸くんしかいないわ」

榛名くんは私が巻き込んだ形かもしれないけど、それでも彼は自分で私に付き合うと言った。濱村さんは、私のやり方が悪かったからかもしれないけど、私と榛名くんを殺しに来た。冨永くんは榛名くんに攻撃をし掛けてたし、西中さんの妹さんは引きこもりと化した。

変わらずに生活していたアホ共はこの二人だけだ。

だから、先生はこんな形で行動を起こして、秋丸くんを巻き込んだ。着け込めるのが、彼しか居なかったから。

「二つ目。一週間という期限。否、一週間前からという制限」

これは、多分秋丸くんは知らないから丁寧に説明してあげるけど。

「手紙を持ってるはずなのよ。先生は」

だから、私は本を探してる。

「西中さんの本当の遺書をあの人持ってんの」

「本当の遺書?」

「これは勘なんだけど、それを受け取ったのが自殺の一週間前。つまり、今朝のことなんだと思う」

先生自身が、西中さんが死ぬことを知れたのが一週間前だった。だから、やり直せるのは一週間前からなんだろうと私は推測する。

「で、三つ目」

私は、崩れた本の山の中から、一冊の本を拾い上げた。ご都合主義にときめきすら感じた。

「わざわざ、ボーナスにむかーしの記憶まで持ち出したこととかなんだけど、それはきっと秋丸くんには意味がわからないからいいとして、あの人、私が自分のこと好きだったって知ってるハズなのにほんっと、性格悪い」

先生自身、本当は私に背中を押してほしかったんだろう。教師と生徒の恋ってのに寛容なこの私に、背中をポンっと押して欲しかった。

でも、先生のことを好きな私がそれを選べるかが問題だった。だから、秋丸くんはきっとどこまでも利用されてた。酷い話だ。

「死ぬななんて書くだけじゃ、伝わるわけないじゃないね」

本に挟まっている手紙を見て、ため息を吐く。

「大切な言葉はちゃんと直接伝えろっての」

さて、じゃあ必要なことは全部秋丸くんに伝えられた。後は、彼に選ばせるだけだ。

「で、どうすんのさ。秋丸くん」

「え?」

「気付いてんでしょ。ループを止めるには二つ方法があって、いや、正攻法から大分外れれば三つあって、秋丸くんはそのどれかを選ばなきゃいけない」

一つ目は、今話した通り。

「先生に、西中さんに遺書を叩き返してもらう? 私は、西中さんが先生に手紙を託した理由は、止めて欲しかったからだと思ってる。だから、先生に止めさせようって話ね」

ちなみにこれは裏ルート。これはループを始めた本人が満足するだろうから、ループは止められるかもしれないが、西中さんが死なない保証はどこにもない。

「まあ、二つ目はそんなことしないで、とりあえず先生をやっつけちゃうってとこかな。方法は秋丸くんに任せちゃうけど」

この方法はまあ、いくら先生でも、話の中の自分が死なされるようなら、もう続けらんないだろうってことで、ほぼバグ狙いみたいなものだ。

まともに戻れるかだって、怪しいくらいである。

「で、三つ目はー」

「越石さんは、どうしたいの?」

「え?」

思いがけない返事。というのは嘘だ。

予想はしてた。っていうか、絶対訊いてくると思った。

「私は関係ないじゃない」

「あるよ。だって、ここまでしてくれて、ここまで付き合わせて、それなのに、一番重要な選択をオレが勝手に決めちゃうなんて出来ないだろ」

これは参考に訊いてるってレベルじゃない。彼は絶対私の希望通りに話を進める。

だから私は、選ぶわけにはいかなかった。

「私はね、そう、私は」

かと言って、黙ってればやり過ごせる人じゃないのも知ってる。

榛名みたいに勢いで勝てる相手じゃないのも知ってる。

私が一番最初に後悔したときに榛名と一緒にいた以上に、繰り返し一緒にいたのだから。

「あのねえ。……私は、秋丸くんが死ななきゃ、どれ選んでくれても構わないよ」

やだなあ。先生の思惑通りじゃん。

私はこれで先生の背中を押すことに躊躇いがなくなった。ってまあ、前回だって、前々回だって、最初っから秋丸くんのこと好きなんだけどさ。あれは刷り込みだったんだろうけど、でも。

悔しいけど、やっぱ好きなものは仕方ないよなあ。

「わかった」

秋丸くんは、放課後に一人で決着をつけてくると、私にそう告げて国語科準備室を後にした。

私も私で決着をつけるために、このままここに残っても良かったのだが、秋丸くんが頑張ろうとしてくれてるのに、変な横槍をいれたくないなあ、と思って、仕方なく保健室に向かったのだった。


2013/09/08
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