ボーナスへ突入


一年前と少しのことである。

あれは私が武蔵野第一高校に入学して、三ヶ月くらい経った頃の事だ。

「この量の本の整理を私一人に任せるとは。山口先生は今度殺してやろう」

西中さんと二人で文芸部に入った私は、顧問である国語教諭の山口先生にこき使われていた。

広い図書室に私一人。否、私と図書委員の男の子が一人。その男の子は本に夢中なので、私はつまり独り言を言っていた。

「なんかアレだよ。間違い無くアレは贔屓だよ。なんで西中さんが新聞部のインタビュー受けて私が本の整理なんだよ。まあ、インタビューも受けたくないからいいんだけど」

「うーん。多分インタビューの方が面倒だと思うよ」

「いや、でもやっぱ、座ってうけるインタビューの方が頭脳派の私には……ん?」

一瞬、図書委員の男の子が反応をしたのかと思った。

私が本の整理に来た時には、確かに私と彼しかいなかったのだ。

でも、違った。

「西中さんより越石さんの方が頭脳派だっていうなら、それこそ本の整理は越石さんがした方がいいと思う」

「えーと、なんでデスカ?」

っていうか、あんた誰ですか。そう思ったけど聞けなかった。彼に即答されてしまい、そこまで質問を続けられなかった。

「西中さん、あれで適当だから。多分本の並び方が変になるよ」

「なんでそんなこと」

「オレ、中学西中さんと同じだったんだ。中学のときも結構適当なことしてたし」

あの子のは適当なんじゃなく天然なのだとも思ったが、彼の言い方も悪意があるようには思えない。

ボキャブラリーが少ないというか、真面目そうに見えるのに、実は頭が悪いのかなー。と、私はその、眼鏡の男の子にそんな印象を抱いた。

「えーと、あなた、ヒマなんですか?」

「え? ああ、うん」

「じゃあ手伝ってくれませんか」

図書委員の男の子には言えなかったのに。

なのに、私は何故かその子には、アッサリとそんなことを頼むことができた。

独り言は、本当は図書委員の子に向けたもので、手伝って欲しいことに気付いてほしくて、だから多分、そんな思いを含んだ言葉に彼が反応してくれたから、お願い出来たんだと思う。

「いいよ」

なら、きっと私はあの時のお返しをしてるのかもしれない。

そんなこと、すっかり忘れていたけど。

伏線として、そのエピソードを軽く紹介出来ないくらい忘れていたけれど。

ボーナスでも無きゃ、思い出せなかったけれど。




「良いの? こんな嘘吐いても騙されてくれないかもしれないし、そもそも秋丸くんは、西中さんが好きなんでしょ?」

「良いよ。西中さんが死ななくて済むなら」

そう言った彼は、どこまでそう思っていたんだろう。

この地獄をそんな形で終わらせても、本当に良かったのだろうか。

もし、この形でこれが終われば、彼はきっとあくまでもこのままこの生活を続けることになるだろう。

それとも。彼がこれを終わらせたら、彼は元のところに戻るだけで、私とのやりとりは、全部夢になってしまうんだろうか。

「ねえ、秋丸くんはさ、これで西中さんを死なせずに済んだらどうなるの?」

「え?」

「や、だから、このままここにいるのかなって。だって、秋丸くんのいるべきところは最初のところなんじゃないの?」

西中さんが最初に死んだところ。

それが、彼のいるべき場所のはずだ。

「あー、そうだね。もしかしたら、最初には戻れるかもしれない」

「そっか」

「でも、多分あの自称カミサマも、それくらいは選ばせてくれるんじゃないかな」

秋丸くんの口から良く出る自称カミサマがどんな人なのかは知らないが、秋丸くんがその人に対して、こんな理不尽な思いをさせられているのに、そんな感想を抱く意味も、選ばせてくれるだろうと私に言った意味もわからなかった。

ただ、選ばせてくれるとするなら、秋丸くんはどっちを選ぶの? とは、私は怖くて聞けなくて、一人になりたくなくて、別の私でも構わないから彼のそばにいるために、私はわざとそれをぶち壊した。

秋丸くんを苦しめてるのは私だった。



「ボーナスはこれで終わり。勇気を出すべきなのは彼じゃなくて君なのがわかったかな?」

記憶の波に襲われ、ようやく落ち着いたかと思えば、私はよくわからない真っ暗な空間にいた。

私の目の前には、少女が一人ポツンと佇む。

「ええまあ。わかりましたよ」

まあ、私がわかったのは、もちろん敵の提示する気付くべき事ではなかったけれど。

私は生憎、そんなに性格のいい女じゃない。

「けどね、何度繰り返したって、私達がいくら頑張っても意味ないし、結局西中さんは死ぬ」

「友達なのに、最低なことを言うんだね」

「友達だからだよ。友達の決断が、たった一週間のやり直しで覆せるようなものなんて思いたくないじゃない」

無限に続くやり直し。それを終える方法は、正攻法なら一番簡単な一つだけ。

榛名くんが西中さんに告白すること。

あのどアホが、間抜けでヘタレでノーコンで女心がひとっつもわかってないおバカさんが。彼女に告白して、お付き合いをすればいい。

つまり、それをしたら秋丸くんの失恋は確定だ。だからこそ、彼はきっと私に背中を押して欲しかったのだろう。

「で、全部の記憶がある私に勝てると思ってるんですか」

「全部か。ちょっとまずったかな」

「勝てるわけ無いですよ。当たり前です。私ったら、名探偵なんですから」

次に秋丸くんに頼み事をされたら、私は仕方ないから面倒臭いが、榛名を使う以外の他の方法を彼に提示してやろう。

忘れていたけど、あの子はちゃんと自分の自殺を止める手立てを他に残していたじゃないか。

いや、このループを止める手立てと言った方が正しいか。

否、ループの、原因か。

「最後に言っときますけど。勇気を出すのは私でも秋丸くんでも榛名でも西中さんでもなく、あなたですからね」

少女は、一瞬驚いたように目を見開いてから、どうかな。と、フッと笑った。

それを確認し、私は頷く。

じゃあ、さて。

「いい加減最後の一回を始めましょうか」


2013/09/08
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