三十回目の正直
例えば、昨日起きたことが今日もまた起きたら、明日も同じように起きたら。
何度か繰り返して、そして、後悔していたことがやり直せたら。
誰だって、そういうことを一度や二度は考えた事があると思う。
彼、秋丸恭平も、その例外に漏れる事がなかっただけで、別に特殊だったわけじゃない。
彼がたまたま深く後悔していた事をやり直せたのは、彼の運が良かったからなのか、もしくは悪かったからなのかはわからないが、少なくとも。
彼は結構。普通の男の子だったのだ。
たまたま幼馴染と好きな女の子が被って、たまたまその女の子が自殺してしまっただけの、わりと普通の男子高校生だった。
私は、そんな彼と、私とその女の子のやり直しの物語を語って行こうと思う。
「これで、三十回目?」
「多分」
私と隣のクラスの秋丸くんは、会話するのは、ほぼ初めてなはずだった。
なのに、彼は、いきなり今日、放課後に空き教室に私を呼び出し、協力してほしいことがある。と、お願い事をしてきた。それも私の友達の、西中さんのことで。
「なに? 何を協力すればいいの? 言っとくけど、西中さんを落とす手伝いはしないからね。あの子、他に好きな人がいるんだから」
「それは知ってるんだけど、そこをなんとかってわけにはいかないのもわかってるんだけど、うーん。西中さんを落とす手伝いをしてほしいわけじゃなく、その」
「はっきり言いなさいよ」
「信用してもらえる気がしないけど、どうしてもっていうなら教えるよ」
「人に協力を煽るわりには偉そうだよね」
「協力はあおるんじゃなくあおぐものだよ」
そんな事を言って、彼がふう。と、ため息を吐いた。バカにされたみたいで腹が立ったが、なんとなく、彼のため息がそういった類のものではない事を察する。それに、ツッコミ待ちでわざとボケただけだし。
疲れたような、そんなため息だった。だから。私はきっと。
この後、彼が言ったその言葉を信じる事が出来たんだと思う。
この一週間をとある事情のためにずっとやり直して、繰り返してきた。なんて言う、意味のわからない彼の言葉を。
「約三十回。それだけこの一週間を繰り返して、何してたの? っていうか、一週間を三十回って、一体何ヶ月?」
「七ヶ月くらいじゃないかな」
「半年以上ね。っていうか、その返答からして、自分でも数えたわけね。よく頑張るもんだ。私なら発狂する。というか死ぬ」
「死ぬのはただのリセットの条件だからなあ」
「……同情するわ」
「いや、というか、よく信じたね」
「なんとなくね。科学的なことは信じないけど、非科学的なことは信じるの」
「そこは科学的なことも信じようよ」
「嫌だよ。証拠があって確かな物なんて、信じる必要がないから。それは当たり前なだけ」
そう言って誤魔化して、「で?」と、私は彼に、まずはその事情を話すよう促した。
「このままだと、西中さんは、一週間後に自殺する」
「へえ……って、は?」
「それで、榛名も越石さんも、凄く後悔する。だから」
「まあ、大体はわかったけどさ。それで何? それじゃ私は動かないよ」
それは、友達が大切じゃないとか、そういう理由でではない。とても単純に簡単な話で。私には答えが必要だった。
私と彼の二人だけが残った、夕日に染まる教室。
私はそんなに惚れっぽいキャラクターではないはずなのだけれど。だって、ここじゃないどこかで、誰かを好きになった時だって、こんな簡単にではないし、先生に惚れた時ももっと時間がかかった。
ロマンティックな雰囲気でもないはずだ。SFチックではあっても。
でも、彼が私に。私の腑に落ちる答えをくれたから。
それは仕方ないことのような気がした。
「西中さんが。好きなんだ」
「そう」
「だから、助けたい」
「わかった」
きっと、こんなやり取りを彼は繰り返して来たんだろう。私が彼に協力してあげるツボとか、そういうのも知り尽くしているに違いない。さながら、恋愛シュミレーションゲームのように。
気取らない言い方をすれば、ギャルゲーのように。
しかし、それでも、私に彼は、十分過ぎる答えと理由をくれた。
真っ直ぐに理由を話せる人は好きで、私が好きな人に協力するのは正しい答えだ。完璧だ。
「探偵ごっこは、もう、こりごりだもんね」
覚えているのは彼だけでも、うんざりして、後悔して、歩き疲れた私は何人もいる。
覚えているのは彼だけでも、辛い思いをした、私の好きだった誰かさん達は沢山いる。
「じゃ、いい加減最後の一回を始めようか」
何回目かもわからない。知らないその台詞を吐いて、私は彼の協力要請を受け入れた。
その言葉に安心したように笑った彼が、たまらなく嬉しかった。
2012/08/01
西中さんを助けよう大作戦です。
前からやりたかったループネタ。犠牲者は秋丸と探偵ごっこのヒロインちゃんになりました。本当は西中をヒロインにしようかとも思いましたが、彼女はどうもそうはなりたくないようです。脇役根性がやばいです。西中さん。