月は満ちぬ


もしかしなくても榛名はバカだ。昨日妹に告られて、びっくりして逃げたらしい。

「バカだね」

「お前には言われたくねー」

そんなわけで、榛名は妹に会うのが気まずいとか言って、今は私と二人で近所の公園のブランコを占領していた。

辺りはもう真っ暗だ。子供達がいるわけがなく、私と榛名は微かにブランコを揺らしながら会話をしている。

「つか逃げたんじゃねっつの。アイツが駄目なのはわかってるから答えはいらないって」

「実際駄目なの?」

「いや、駄目じゃねーケド」

「やっぱバカだ。ちゃんと答え言ってきなよ」

ブランコから降りて、榛名が座っているブランコの前あたりの柵に寄りかかるように座る。

榛名は地面を見つめて何か考えているようだった。

「答えっつっても」

「答えっつってもなに?」

「今更なんて言やいいのかわかんねーし。」

死ぬほど奥手だ。相手が自分に間違いなく好意を持っているのに、何故ここまで臆病になるのだろう。野球してるときはあんなに堂々としているのに。

「榛名」

「ああ?」

「格好悪いよ」

そう言ってやれば、彼は意を決したように立ち上がり、頭を左手でガシガシと掻いた。そして、右手で私の頭を軽く撫でると、ありがとうな。と呟くように言って、マンションに向かって走り出した。

私は、嫌なことは最初に済ませてしまいたいタチで、こうやって時間をかけられるのが本当に大嫌いだ。

蝕まれるように与えられてきた苦痛から逃れられると思うと清々する。これは事実である。

それでも、私はもちろん傷付いてもいるわけで。

さて、うちに帰ればやけにテンションが高い妹が私を待っているだろう。想像するだけでうんざりするのに想像じゃ済まないわけだ。なんてやるせない。

ここから歩いて帰るとして、うちに着くまで五分も掛からない。走っていった榛名はとっくにうちについているだろう。

今更止められるわけもなく、かといって帰らないわけにもいかないので、私はゆっくりとうちに向かって歩き出した。

涙が出ないくらい辛かった。今度涙を流したら、榛名を想う気持ちごと流れて行きそうで怖かった。

いっそ、流してしまえばよかったのに、私の心は、まだ彼を好きでいたいと足掻くのだ。どれだけ苦しくても、私は心臓が止まるまで彼を好きでいたいらしい。

「バカみたいなんじゃなく、私はバカでいたいだけなのかもね」

こういう時、どこからともなく現れて、さり気に抱き締めてくれたり出来ないから河口は駄目なんだとか、そんなことを思いながら空を見上げてみる。満たされていない月がぼやけて見えた。



2011/01/02
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