寒い夜と熱い涙


「好きじゃねーなら別れれば?」

某日。榛名が私の部屋でそんなことを言った。こんな話になったのは、先程、私が近所の公園で河口にキスされて、それを拒否ったのを榛名に見られてしまったからだ。

「別に、いきなりキスでびっくりしただけだよ」

「ホントかよ」

「榛名もいきなりキスはやめときなよ?まあ、あの子なら多分大丈夫だと思うけど」

そう言ってやれば、榛名は目をまるくして、その後変な顔をした。多分照れ隠しの一種だ。

「あの子って誰だよ」

「あの子って、私の妹さんですよ」

「お前ら変なとこで似てるよな。」

「なんで?」

「アイツもこの前、オレがお前ンこと好きだって言ってきてよ。」

「ふうんそれで?」

「でもそれは違うんだよな。お前とオレって、なんつーか大親友みたいなもんだろ?だからそう言っといた」

大打撃である。大親友だって大親友。そこまでってのは嬉しいけど、それまでってのは悲しい。

というわけで、私は座椅子に持たれながら、ため息をついて最後の勝負に出ることにした。

「あのさ。さっきの話なんだけど、私河口のこと本当は好きじゃないんだ」

「じゃあなんで付き合ってンだよ」

「他に凄く凄く好きな人がいるんだけど、その人他の人が好きみたいで、だから忘れたくてさ。無理だったんだけどね」

「好きなヤツがお前見てくれる可能性ってないわけ?」

「無いんじゃないかな。その人、私を結構大事には思ってくれてるみたいだけど、恋人って感じではないんだって。ついさっきそう言われた。」

自分だと気付いているのかいないのか、榛名は、そうか。とだけ言って黙り込んだ。

私は無言で部屋を出た。親も妹もいないのだ。部屋から出てしまえば、人目を気にすることなく泣ける。

かと言って榛名にバレたらたまらないので、私は洗面所にこもって泣いた。目が腫れない程度に。榛名にバレない程度に泣いた。この程度なら、コンタクト入れてきたと言えば誤魔化せるだろう。

「バカみたい」

いっそ何もわからないようなバカになってしまいたい。何にも気付きたくない。

洗面所の床にしゃがみ込んだらまた泣けてきて、誤魔化すのは不可能だろうなあとぼんやり思った。

しばらくそうしていると、榛名が洗面所の扉越しに私に声をかけた。

「オレ、もうかえっから。」

あのデリカシーのない男に気を使わせてしまったらしい。酷く優しい彼に私は泣きながら思うのだ。また少し好きになってしまったと。

榛名の気配が扉の前から消えてから、私は呟く。最後の勝負だった筈なのに、私は結局諦められなかった。

「私、榛名のことが好きなの」

勿論返事はなかった。なくて良かったのだけど虚しくなった。爆発した胸の中は、見事に榛名に対する思いだけを残して跡形もなく消し飛んでいた。

榛名以外空っぽなのに、榛名だけは手に入らない。

親が食事から帰ってきた気配がしたので、私はそそくさと部屋に戻って着替えもせずに布団を被る。

暖かさが胸の隙間をじわりと埋めた。



2010/12/29
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