水底に沈む


「私ね、夏に彼氏と二人で海に行って、日焼けとか構わず遊ぶのが夢なんだ。もちろん私は日焼け止め塗るけど」

「あんたに彼氏なんか出来ると思ってるのかい?寝言は永眠してからいいなよ」

「あのさー、永眠したら寝言言えないと思うよ」

彼女がそれを知らないのを俺は知っていた。でも、やはり傷付いた。

海で日焼け、なんて俺には出来ないのだ。俺の身体は夏の強い直射日光に耐えられるように出来ていない。

俺がこの学校に通い始めたのは、色々事情があって秋の終わり頃だった。その為、日もそこまで強く照っていなかったし、ちょっと日差しキツいなと思う日には、パーカーを学ランの中に着てきて、フードをかぶれば充分日差しを防げたのだ。

体育の授業は男女が別だったから、それが理由で見学していたことだって彼女は知らない筈で。

その上、俺はそれを意図的に話さなかった、だから彼女は俺の身体が日に弱い事を知らない。

『アンタに話し掛けた訳?アンタこの前街で喧嘩してたっしょ?十何人相手で大勝利をおさめてたじゃん。強いなーと思ってさ』

強いのが好きなの。彼女ははっきりと言った。楽しそうに。やっと理想の人を見つけたとでも言うように俺を見詰めながら。

『身体も頑丈で、心も頑丈な人って素敵じゃない?』

同感だと、俺は答えた。俺はひたすらそれを目指していたし、俺もそれをひたすら捜していた。彼女と同じだった。でも俺はそれに到れなかった。身体が、無理だと悲鳴を上げた。

「まあ、って事だからさ。私が無事に進級出来たらさ、夏休みには皆で海に行こうよ。彼氏は無理だと思うけど、皆でなら平気じゃない?」

「俺は、行かないよ」

「何でよ。良いじゃんか意地悪。ノリ悪っ!」

言わなければならないだろう。彼女にも。どちらにせよ、夏になったらバレるのだから。毎日日傘が必要になるし、下手したら、貧血なんかも起こすかもしれない(なんて弱いんだ)。

いつまでもバレないわけがないのだ。だから今のうちに言っておいた方が良いに決まってる。彼女の期待を裏切るのは、早い方が良い。

「なーんてね。ごめんね! 意地悪言ったのは私だ! 知ってたんだよね、神威が日差しに弱いの。だから、海行っても泳げないし、あんまり遊べないんだよね?」

なんだそれ。じゃあ、彼女は。知っていたのに。俺が彼女の期待する強い人間なんかじゃないと、彼女は知っていたのに。俺と一緒に居た?なんで。理解が出来ない。

「そう、俺は弱いんだよ、」

「だからさ、夏は祭りで遊ぼうよ。神楽ちゃんも祭り好きだし、神威も好きっしょ? 多分」

「あんたの望む、強い男じゃない」

「は?」

「俺は、あんたに」

ベチン。と彼女が俺の頬を叩いた。痛くない。でも彼女はとても怒っている。それくらいわかる。

「確かにさァ、アンタはさ、日に弱いかもしんないよ? でもさ、それがどうした。アンタそれで傷付くような、心の弱い男だったか?」

「心の弱い男? 誰に言ってるんだい? 俺がそんな」

「そんな奴じゃないのは知ってる! だからアンタはいつも自信満々でいてほしいの!」

「……なんで、泣きそうになるんだよ」

「アンタが馬鹿だから! 私だって不安だったのに勝手な事言うから……!」

ヒステリックに彼女は机を叩いた。バシンと小さな音がする程度だが、彼女の掌は真っ赤になっている。彼女は弱い。痛そうに手を擦っている。

「私は、弱いの、直ぐに泣くし、力だって強くない、なのに」

なのに。と彼女はもう一度繰り返した。強調するように。

「神威は、強い女が好きだって言うじゃない」

苛ついたけれど。ときめくというのは、きっと、こういう事なんだと思った。胸が締め付けられるような、罪悪感に似た甘い感覚。

彼女の涙は弱い証なんかじゃない。媚薬のようなものだ。強い種を残す為に、強い男を捕まえる為の、媚薬。誰もこれには敵わない。

「全く、なに言ってるんだよ」

アンタは強いよ。充分過ぎるほどね。



2010/08/11
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