情けは人の為ならず


「先輩は、人の為に何かしたこと……いや、何かしたいって思ったことありますか?」

「ないよ。」

即答。予想はしていたが、期待はしていなかった答えであった。

即答した張本人である彼女は、オレの方を少しも振り返らずに、本を読みふけっている。

ここは図書館で、それは普通のことだ。寧ろ小声とはいえ言葉を発しているオレの方がおかしいくらいなのだが、オレは彼女のその態度にイラついた。

「榛名くんさ、キレるなら外に出ようか。付き合うし。」

オレの様子に気付いてなのか、本をパタンと閉じて彼女は言った。

彼女は決して、何かや誰かの為に動いたことがないわけではない。今だって、図書館への迷惑を考えて、外へ出ることを提案してくれた。

だがしかし、彼女にはそんな意識ないのである。特別な思い入れがあって、誰かの為に動くわけではない。

彼女は、ただ自分の常識にのっとって動いているだけで、だからこそ、悪気もなくすぐに人を傷付ける。

いや、悪気がないだけでなく、その気もやる気もなく。何気なく人も自分自身も傷付けるのだ。

「訊くけどさ、榛名くんは、誰かの為に動いたことあるの?」

図書館の外に出てからベンチに座って彼女はオレに訊ねた。

大して知りたいわけでもないくせに、答えなきゃ答えないで気にも止めないくせに、彼女は質問だけはしてくる。

オレはそんな彼女と会話が続けたいがためだけに、必要とされていない返事をしてしまうのだ。

「ちゃんと出来てるかわかんないッスけど、なんかしてやりたいと思ったことくらいありますよ」

「でもそれって、自分が誰かの為に動きたいだけで、簡単に言えば、自分の為だよね」

「つまり先輩は自分の為に動いてるだけだから、人の為に動いたことはないっつったってことなわけですか?」

「いや、私は自分の為にすら動いたこと無いもの。榛名くんもわかってる癖に」

そう言って彼女は笑うと、どうでも良さそうに語り出した。

酷い言い方だが、オレには彼女がなんの為に生きているのかがわからない。

だからこそオレは彼女に、オレの為に生きて欲しかった。意味を持って生きて欲しかった。

「私は寧ろ、自分の為に何かなんかしたくないんだよね」

「なんでですか」

「自分がどうでもいいわけじゃなくて、私って、私が私の為に動かなくても幸せなのね。逆に自分の為に何かしちゃったら、その行為が裏目に出そうで恐いのね。わかりにくくなるけど、私は私の為に、自分の為には動かないってわけだ」

「よくわかんないンスけど、ベツに裏目に出る証拠なんてねーンでしょう?なら、」

「……榛名くんはさ、結局私に何してほしいの?仕方ないから、不幸な目にあってもいいなら、榛名くんの為に、私は自分の為に動くよ」

はっきりと"不幸な目"と言われたことで、オレは少し怯んだが、ここで引いてしまえば、こんな話をした意味がなくなってしまう。

ゆっくり口を開いた。珍しく彼女がオレを見ている。しっかりオレの姿をその目で捉えている。

「オレは、アンタに幸せになってほしいんです」

「だから私は幸せだってば」

「そんなんいつまで続くかわかんないっすよ。だから、アンタが何もしなくても、オレがアンタの為に動いて絶対幸せにしますから、アンタはとりあえず自分の為にオレと付き合って下さい」

予想していたのだろうか。彼女は深呼吸でもするかのように深くため息をついて、自分の右手でオレの左手を握った。

「返事ね、これは誰かに強制されたわけでもない私の為の返事なんだけどね」

「はい」

「私なんかでいいなら、榛名に幸せにしてもらいたいし、榛名を幸せにしたい。私本当はずっとそう思ってた。」

これ、なんだかプロポーズみたいだね。と珍しく笑った彼女をドキッとした。

彼女のどこに惚れたのか、1日考えてもわからなかったのだが、この笑顔に惚れたということにしておこうと思う。



2010/12/06
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