その先不明


「つまり、想像出来ないくらいに辛いのね、榛名が結婚することとかって。」

「あーまあ、バカだよねアンタは。だから彼氏にフられるんだよ」

友人は、流すようにそう言うと、視線を自分の手元にある漫画に戻した。

なんだなんだお前だって言えない癖に。私はそう思って、その漫画を取り上げる。

「ちょっと何すんだバカ」

「じゃあアンタはなに?花井くんが結婚するとこ想像出来るわけ?ていうかフられたんじゃないし!私がフったの!」

「想像くらい出来るよ!私と結婚するとゴフゥッ」

バカなのはつまりお互い様で、私達は、紙の中の人間に対して何を期待しているんだって話なわけである。

殴られながらも私から漫画を取り戻そうとした友人の手。私がそれを避けるように動いたと同時に、漫画が私の手からすっぽ抜けて宙を舞った。

「あ、やば」

「あ!バカ!」

ポチャン。近くの池に落ちたソレは、落ち方が悪かったのか、何故か浮いては来なかった。

「ごめ、あの、弁償……」

「とってこいバカ!」

そう言って、蹴飛ばされて池に落ちて、私にはそれ以降の記憶がないのだ。

だから自分の今の状況もよくわかっていない。

「池に落ちて、なんで一週間も意識不明になれんだよ。意味わかんねっつの」

「池に落とした張本人である榛名がそれを言う事の方が意味わからないからね。まあ、こいつも反省してるし、許してやんなよ」

目が覚めると、私は病院のベッドの上にいた。

腕には点滴がついていて、初めての点滴だとか思っていると、私のベッドの脇で男の子が寝ているのを発見。

起こさずに暫く見ていると、先ほど私を池に蹴落とした親友が病室に入って来て、私が起きていることに驚きながら、慌ててその男の子を起こし、そしてさっきのがその子の第一声である。

「え、と、誰が落としたって?」

「榛名がアンタを池に落としたの。覚えてない?」

いや、池に落としてくれたのはお前だろ。そうツッコミたかったのだが、それより気になることがあった。

それは多分、めちゃくちゃ不機嫌そうにしている男の子の名前なのだろう。なんというか、やけに聞き慣れた名前だ。ていうか、寧ろ毎日にやけながら私が口にしている名前だった。

「えーと、榛名って?」

「榛名、コイツ相当怒ってるよ。アンタの存在を忘れたいくらいみたいだ」

「はあ!?だから悪かったっつってんだろ!なんでそうなんだよ!」

いや、悪かったなんて初めて聞いたけどね。ていうか私を池に落としたのはそこのバカ女だろ。何がどうなってんだ。

榛名と呼ばれたその子は、確かに吊り目で、口が悪くて、髪が黒くて、どこか雰囲気があの榛名と似ていた。榛名を三次元に連れてきたらこんな感じかも。みたいな。そんな感じだった。

「オマエも黙ってねーでなんか──」

「あのさ、からかってるだけだよね?」

「何がだよ。はっきり言えっつの」

「榛名なの?本当に?」

おかしいだとか、変だとか、とにかく、トリップ物の夢小説の主人公が最初に抱くような不安や混乱より先に。

「は?なに言ってンだよオマエ」

「あ!てか医者に見せてないじゃん!検査して貰わなきゃ!頭マジでおかしくなったのかも!」

「いや大丈夫!多分大丈夫だから!」

直感や帰巣本能が、いつか帰らなきゃならないのだと、一番最初に私に告げた。

彼が本物だなんて信憑性、どこにもないのに本物だとわかってしまった。この世界に納得してしまった。

だからつまり、別れはくるのだ。

「とりあえずオマエ医者呼んでこい。」

「なんで私が。てかナースコールでよくない?」

こんなの、夢の方がマシだ。そう思っても、この悪夢はいつまでたっても醒める気配はなく、私はただ冷静なまま、初めて会った想い人を見詰めた。

私は、この天国のような地獄で、わからないタイムリミットを抱えて暫く生きていかなければならないらしい。



2010/11/06
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