冬には凍死
「そんな泣きそうな顔しないでよ」
と、彼女は言った。そして、死ぬわけじゃないんだから。と続ける。
ホームの屋根の間から見える空は、嫌になるほど青く澄み渡っていて、オレはようやく夏の終わりを実感した。
「死ぬわけじゃなくねーよ」
「榛名ってばなんか日本語変だよ。ベツに死なないよ。嫁いだら死ぬなんておかしいじゃないの」
「オレが死ぬ」
お前がいなくちゃ、オレが死にそうになる。そういう意味で言ったのだが、彼女はそれをわかっているのかいないのか、不吉なこと言わないでよ。と笑っただけだった。
彼女の乗る新幹線はまだ来ない。
いっそこのまま攫ってしまえば、それで失敗すれば、オレはやれるだけのことをやれた。と、まだ納得出来るだろう。
しかし、それでは彼女が悲しむのだ。これはベツに、親が勝手に決めた結婚だとか、そういう事ではなくて、彼女自身が決めたことなのだから。
寧ろ、彼女の親は相手を歓迎していないらしく、だから彼女は、いつも愛おしげに名前を口にする、あの男のいる場所へと今日、出て行ってしまうのである。
「榛名だけ巻き込んでごめんね」
申し訳無さそうに言う彼女に、オレは首を横に振ってやる。声を出したら泣いてしまいそうだった。
本当は、オレにも何も言わずにいなくなってくれれば良かったのに。と、今日だけでもう何十回と思っている。
「ねえ、お願いだから泣きそうな顔しないで?定期的にお父さんと話をしにこっち戻ってくるから。籍は入れちゃうとはいえ、ずっとあの人のことわかってもらえないのは嫌だもの。」
こんなにも彼女に想われるなんて、なんて幸せな野郎なんだ。心の中で思わず舌打ちをしたオレは多分相当性格が悪い。
前向きに考えてみれば、彼女がオレの目の届くところであの男と一緒にならないというのは、ある意味いい事なのかもしれない、が、それでも、オレは彼女が誰を選んだとしても、オレの目の届く範囲で幸せになって欲しかった。
オレが泣きそうな理由も死にそうな理由も、きっと彼女には一生わからない。わかっていたとしても、彼女はきっと一生無視をするだろう。彼女はそういう人だ。
オレはそれでも、傍に居られるだけで良かったのに。
数分後に新幹線が到着し、彼女は東京駅から姿を消した。一人になって、空気がとても冷たいことにようやく気付く。
彼女がいるだけで、あんなにもオレを包み込む空気は暖かかったのだ。冬になって雪が降ったら、オレは本当に寒さで死んでしまうかもしれない。
2010/11/03
だからなんで榛名で書いてしまうんだろう。阿部や泉とかのが似合うよね。