ふらり


「ああ、もしかしてアンタ、俺のこと好きなんだ?」

好きなんて言葉の意味が全くわかっていなさそうな彼からの、驚きの台詞だった。

さらり、とピンク色の髪が風に揺れる。悔しくなるくらい綺麗なその髪は、悲しいくらいこの戦場に映えていて、返り血を浴びたその白い頬は、色々な意味で病的に見えた。

「ここで聞くことですか」

私は、しゃがみこみ、足元に転がっている彼が壊した生き物だった筈の血と肉の塊に手を伸ばす。

未だ鮮やかな、赤い血。それがぬるりと私の手に付着した。彼は時折、自分の手についた血を舐めとっているが、よくもまあ、こんな物を舐められるものだ。私はこの臭いだけで死に酔ってしまいそうになるというのに。

それとも、彼はとっくに酔ってしまっているのだろうか。死に、命を奪うという行為に、強さを求めるという自分に。

「ここだから聞くんだよ。」

そう答えた彼は、死体をぐちゃりと踏みつけた。別に、死体を踏みつけたかったわけでは無いのだろう。多分彼は、歩きたかっただけなのだ。

それでも、その光景は端から見れば残酷で、私は思わず、目を逸らす。

「ねえ、目を逸らす癖に、なんでアンタはここについてくるの?」

その声は耳元で聞こえた。

いつの間にか、至近距離にまで歩みよっていた神威は、血の付いたままの手で、私の頬に触れる。

「確かにアンタには赤が似合うけど、アンタは赤が嫌いだった筈だよね。それが溢れてる戦場に、なんで来たの?」

ヘラヘラと笑っていた神威の顔から、笑みが消えた。ぞくりとするほど綺麗なその真顔に、私は心奪われる。

「それで、私がアナタを好きだとかってことになるわけですか」

「そうそう。そういうこと」

彼はそういって、またにっこりと笑った。繰り出される手刀による突きは、私の顔の横を通過し、私の後ろの何かをぐちゃりと破壊する。

血が後ろで飛び散る音がして、私の髪の毛や首筋にこびりつく。

神威はそれを手の甲で拭おうとしたが、血塗れのその手でそんなことが出来るわけもなく、ただ、生暖かい感覚が広がっただけだった。

そんなその当たり前の結果に酷く不服そうな顔をする彼が、不覚にも可愛く見えた。こんな血の海の中でなのに、だ。とうとう私の頭はおかしくなったらしい。

「それで、俺のこと好きなの?」

「神威さんの言う好きの意味はわかりませんが。まあ、私は神威さんが好きですよ」

「良かった」

血塗れの彼の腕が、私の背中に回された。そういう意味とは誰も言っていないのだが。

まあ、そう受けとられても構わないか。と私も彼の背中に腕を回した。いつまでも好きになれない血の匂いが鼻腔に広がる。

「俺もアンタが大好きだよ」

私が酔ったのは、血の臭いにか、それともその言葉にか。



2010/10/28
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