ほら、簡単な話なんだ/吏人


見てるだけで幸せなんてバカみたいだ。そんなの恋未満の気持ちに決まっている。つまり私のこれは恋じゃない。

私の家の近所に住んでいる天谷吏人はサッカーバカだ。アイツのサッカーは、サッカーをよく知らない私から見ても凄く気持ち良くて、とにかく、見てるだけでとても楽しかった。

だから、私は吏人を遠くから見ているだけで十分だった。私はアイツのサッカーが好きなだけで、アイツが好きなわけじゃないのだから。




「あ、吏人。久しぶり。今帰りなの?」

「あ?ああ、今帰りッスけど。そっちは?」

彼が高校に入って数日。道を歩いていると、前から吏人が歩いて来た。

相変わらず年上相手に適当な敬語を使う奴だ。そんな事を思いながら、私は一応彼の質問に答える。

「私は今日バイトないからこんな時間にならないよ。一回帰ってコンビニ行くとこ」

「そういや、近所にラウンドワン出来たの知ってます?」

「せっかく答えたのにスルーかバカ」

まあ、知ってるけど。と私が言うと、そうスか。と、吏人が高校生になりたてのガキらしく笑った。何が嬉しかったのかはわからないが、その笑顔だけで、私も何故だか嬉しくなる。

暗い道。蛍光灯の頼りない光が吏人を照らしている。ドキリとした。普通に、照らされている。それでも、どうしてもかっこよく見えるのは何故なんだろう。

サッカーさえやっていなければ、彼は普通の高校生で、そんな普通の高校生でも、私は、吏人の一挙一動に一喜一憂するのだ。

本当はずっと前からわかっていた。私はサッカーがどうとかじゃなくて、サッカーなんてやっぱり興味なくて、吏人がやっているから、好きなんだということくらい。

つまり、私は、吏人を見ているだけじゃ嫌なのだ。

「あー、じゃ今度良かったら一緒に行こうよラウンドワン。バイト代入ったら奢ってあげる」

「おお、太っ腹ッスね」

「腹見ながら言うなバカ」

そう言って、またね。と挨拶して、私は吏人の来た方へ下を向いて歩き出した。

恥ずかしいくらいにこれは恋だった。自覚してしまえば、なんてことはないような、普通で普通の恋過ぎた。

私がすぐにまたねと言ったのは、真っ赤な顔を見られたくなかっただけで、そんな自分にまた恥ずかしさがこみ上げた。

「じゃ、連絡待ってます」

すれ違い様に聞こえたその声だけで、私の心臓は誰かに聞こえてしまうんじゃないかというくらい高鳴る。

少し歩いて立ち止まり、ちらりと振り返ると、吏人が生意気な笑みを浮かべて、私を見送るように立っていた。

「気をつけて帰って下さいね。奢るって約束忘れちゃだめスからね」

「わかってるわバカ」

それだけ言って、また私は歩き出した。もう振り返らなかった。振り返ると吏人がまだそこにいるような気がしたからだ。とんだ自意識過剰だが、仕方ないじゃないか。だってこれは恋なのだから。



2010/10/09
ちゃんと天谷くん喋らせられました。頑張ったな私。
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