市松でないが腹で泣け


「別れよう。」

そう言われた。と彼女は笑った。最近会ってなかったし、自然消滅より全然マシだけどね。そう言って傷を隠す、痛々しい彼女を見ていられなくて、オレは手元にあるシャープペンをぼんやりと眺める。

嘘をつけ、と口に出しそうになった。彼女のプライドが、フラれるなんてことを許すわけがない。しかし、同時にそのプライドは、フラれて悔しがるなんてことも許してはくれないようだ。

そして彼女はプライドの分、弱かった。人前で泣くなんて強さすら、彼女にはない。多分、彼氏はそんな彼女に甘えていたのだろう。なのに、散々甘えた癖に、頼りきりだった癖に、彼女のその高いプライドに嫌気がさしてふったのだ。プライドの高い彼女が、どんなに好きでも自分から、会いたい。なんて言えるわけがないことに、あの野郎は気付かなかったのである。

「私も愛想尽かしてたしね」

思い込みだ。そんなの。それも後付けの。泣けば、泣き言を言えば、オレは彼女を慰めてやれるのに。彼女は弱い分、弱音すら吐けない。弱音なんてものは、強いやつが、強さを揺らがされたときに吐くものなのである。

彼女の言い訳はひたすら続く。大体、アイツは。で始まり、ホントサイアク。で終わるその話は、ちょっと前までは、のろけ話の類いだった内容で、彼女は自分の隠してきた愛情をオレに露見させ続けた。抱き締めて良いだろうか。痛々しくて、辛そうな彼女をこれ以上見ていたくないのだ。強がりきれていない強がりなんて、見苦し過ぎるじゃないか。

「ごめんね。こんな話聞かせて。」

ホントにただ聞いているだけだったオレに、彼女は本当に申し訳なさそうに言った。彼女にとっては今のが泣き言だったのかも知れない。泣けよと言って欲しかったのかも知れない。しかし、散々彼女を慰めたいと思っていたオレは、彼女に泣かれたら困るのだ。泣かれれば、彼女の今へとまだ続く、あの野郎への気持ちが裏付けされてしまう。それはオレが痛いのだ。

「あーあ。榛名みたいな人を好きになればよかったよ。って、ちょっと理想高すぎかな。」

そう言った彼女の表情は、失恋した女の顔から、プライドの高い悪女の顔へと変わっていた。そうだった。彼女は転んでもただで起き上がる女じゃない。失恋の傷を癒すのには、新しい恋が一番いい。と誰かが言っていたのを思い出す。オレにこの話をした時点で、彼女はオレに乗り換える気満々だったのだ。簡単に乗り換えやがって。オレ達は電車か。

「んじゃ、話が早いな。オマエ、オレと付き合えよ」

「え?ちょ、展開早くない?」

「あの野郎と違って、オレはオマエの事ゼッテー手放さねーから。そこんとこよろしく。」

利用しようなんて甘いんだよ。こっちはその腹積もりごと利用して、オマエをモノにしてやる。覚悟しとけ。



2010/09/27
去年書いた話。
早紀が私のイメージに上げてくれた言葉をお題にしてかいた話でしたが、なんにせようちの榛名は昔から榛名らしくなかったようです。
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