奇麗事


榛名の口から、他の女の名前なんて聞きたくなかった。

「彼女、ね」

二つ年下の幼なじみの彼の部屋は、昔とどこも変わっていない。

まあランドセルがエナメルバックになっていたりするが。そんなわずかな違いを気にする必要がないくらいに私は彼の部屋に入り浸っていた。

「可愛いの?」

「おう」

「で、相談って何?」

ごちゃごちゃした机の上に出されたジュースに口をつける。

まあ、薄々は勘付いているが。この単純馬鹿の事だ。私にわからないことがあるわけない。

言いにくそうにしてるのが何よりの証拠だ。

「彼女とヤりたいの?」

照れることないのに。と、けらけら笑って言ってやると、チゲーよ!と顔を真っ赤にして否定する榛名。

可愛いな。変わらないなあ。あんたは多分、その彼女さんよりずっと可愛いよ。

「違うなら何?」

「その手前」

「なに?キスもしてないの?」

なぜか偉そうに頷く彼には少し呆れてしまった。なんで普通に下ネタとか話してる癖に、好きな子に奥手なんだ。正直それに関しては私も言えないが、それでもあまりのギャップに笑いすら込み上げてくる。

「もしかして榛名、ファーストキスもまだなの?」

「ウッセ。悪いかよ」

それは間違いなく嘘だ。というか、まあ、本人は覚えていないのだろう。

ジュースを飲み終わってしまったので榛名の分に手を伸ばす。

私のその手をしっかりばっちり捕まえて、そうはいくかみたいな顔をしている彼のファーストキスの相手は、何を隠そう私の筈なのだ。

「キスなんてね。唇と唇を重ねればいいだけだよ。簡単簡単」

「つーかオマエはしたことあんのかよ」

「あるよ。」

ちなみに榛名以外ともね。なんて事はもちろん言わなかった。

榛名は、悔しそうに舌打ちをし、不機嫌そうに頬杖をつく。その横顔がやたらと可愛くてにやけてしまったが、彼はその事に気付かなかったようだ。

「彼女さん可愛いの?」

「さっきも言ったろ」

「一般的に見て、顔が可愛いかどうかだよ」

「……かわいーよ」

うん、可愛いのはやっぱり榛名だ。

照れまくりだね。愛らしさの無駄遣い?

榛名のことは、なんでもではないけど、ある程度はわかるつもりだ。だからわかる。

榛名は、絶対私の事は好きにならないだろう。

榛名がまだちっちゃい頃。同じように照れながらも、私に一番可愛いって言ってくれたのを私は、まだ覚えている。

でも、あの可愛いとこの可愛いは、全く意味が違うのだ。

「キスはね、雰囲気良いときとかに、してみようとしてみ?嫌そうなら、嫌か素直に聞けばいいよ。」

あんたに嫌かなんて聞かれたら、可愛くて可愛くて、私ならなんでも許しちゃうね。

「ヤりたいときも同じ。しかしホント奥手だよね。」

「誰もヤりたいなんて言ってねえだろ!」

「へ?彼女さんとヤりたくないの?」

「───っ!」

嘘つけない性格だよなあ。一度ポーカーをやってみたい。大富豪やら七並べやらはやるのに、ポーカーはやったことないんだよなあ。

トイレ!と言って誤魔化すように部屋を出た榛名のジュースを一気に飲み干す。

榛名がさっき私を止めたのは、単純に自分のジュースがとられるのが嫌だったからなのだろうか。

あの純情ボーイのことだから、もしかすると間接キスを気にしたのかもしれないが、私に対してそれはないだろう。

寧ろ、そうだったらまだ希望があったのに。

「私以外の物にならないでよ、ばあか」

先程まで彼のいた空間に言葉を投げかける。当然だが何も返ってこなかった。



2010/08/10
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