皆、心が飢えている
妹が彼氏をフったらしい。正確にはフられたとのことだが、お付き合いが面倒になってきていたのは目に見えてわかっていたし、話を聞いた分には、その事で口論になって、口の悪い彼氏さんが勢いで妹をフってしまったということみたいだ。妹はそうは言わなかったが。
部屋でぐずぐずと泣いている妹を横目に、私はしつこく震えている自分の携帯を手に取る。コイツはコイツで何故直接妹に連絡をとらないんだ。
「もしもし?」
会話を妹に聞かれるわけにもいかないので、私はベランダに出ることにした。
肩で携帯をおさえながら、煙草をと携帯灰皿を鞄から取り出し、ライターが箱に入っていることを確認してからベランダに出る。
夏はまだ終わったばかりで、外は少々蒸し暑かったが、夜である為に、我慢出来ないほどではない。
空では星が綺麗に瞬いていた。
「榛名くんからフったんだって?」
『あー、まあ、流れっつーか、勢いでっつーか。』
「なら、やり直そうって言えばいいのに。あいつ今も泣いてるよ」
『元サヤは嫌だっつって断られました。泣いてんのはオレと別れたからじゃなくて、どうせセンパイが酷い責め方したからでしょ。』
妹が榛名と別れたのは3日前の事らしく、私は今日、久々に実家に帰ってきてその事実を知り、そして榛名の言うとおり、事情を聞いて、お前が悪いじゃないか。と言って、落ち込んだ様子の妹を責めた。彼女が泣いてるのは、つまりそういう事なわけだ。
「よくわかったね」
『わかりますよ。あいつは理由もなく3日も泣いてくれるヤツじゃありませんから』
つまり、榛名は私のことをわかっているわけではない。そもそも、私をわかっていたら、こんな電話をかけてくるべきではないのだ。
失恋だろうが、なんだろうが、私は好きな人の気を惹くためなら何でも利用する。そんな人間だ。そして私は榛名が好きだった。
「で、そうなると原因は性格の悪いお姉ちゃんになるわけだ」
『付き合ってる間も相当愚痴聞いてましたし。』
「なんで電話してきたの?実質フられたようなものなのにあの子が心配?」
『そりゃ、心配っすよ。アイツが傷付いてンのはオレのせいだし。』
「傷付いてんのは榛名くんも同じなのに優しいんだね。でもうちの妹は、そんなんじゃより戻そうとしないかもよ?姉にまで連絡して様子伺ってくるストーカー扱いされるかも」
『相変わらず仲悪いんすね』
「仲はとても良いよ。じゃなきゃ度々実家に帰ってこないって。」
電話の向こうで、榛名が苦笑した気がした。泣きそうなことも伝わってくる。
私なら、榛名にこんな思いさせないのに。
泣き止んだ妹が、家の中でテレビを見てけらけらと笑っているのが聞こえてきた。それがもし強がりだったとしても、私はしばらく妹を許せそうにない。
「本当に嫌いなわけじゃないんだよ。可愛いあのこが羨ましいだけ。」
『わかってますよ。アイツも先輩の愚痴言っても、最後にはいつも自慢になってましたし』
そんなところが好きなんだろうな。私も妹のそういうところが好きだからわかる。それが何より辛かった。
「……今から会えないかな?まだ8時だし」
『あ、大丈夫っすよ。実は今先輩んちの近くの公園にいるんです。ホントは直接話聞いて貰おうと思ってたっつーか』
「お望み通り慰めてあげるよ。妹以外には優しいんだよ。私。」
『じゃ、待ってます』
切れた電話をポケットにしまい、結局吸わなかった煙草を鞄に放り込んだ。
その鞄を肩にかけて、中に妹と色違いのキーホルダーのついた鍵があることを確認して、適当にサンダルをつっかけ、家をでる。
公園についたら、まずなんて声を掛けよう。悪人にもなりきれない私が吐いた溜め息は、星空の下の静寂に溶けて消えた。
2010/09/19