酸化した赤色


「阿伏兎。次はどこ行くんだっけ?」

「あー。上から資料回ってきてたな。ほら、これだ。というか目を通しとけっつったよな?俺。」

阿伏兎から資料を受け取り、近くにあった机に腰をかけ、足を組む。

"資料"というのが、なんとなく気に入らない。なにかの取り引きだったら俺は船に残ろう。そう思った。

内容を読んでみれば、今回の仕事はやはり取り引き云々の護衛兼圧力との事で、俺の興味をひくようなところは何一つなかった。ただ、一部分を除いては。

「これは阿伏兎一人で行きなよ。それでも充分だろ?」

「ったく。どうせそう言うだろうと思ってましたよ。」

「俺には、少し用事が出来たから。」

用事だァ?と訝しむような顔をしながらも、阿伏兎は深くを追求はしなかった。多分気付いたのだろう。これは、この星は。

「あんた、何年振りの里帰りだ?」

「覚えて無いよ。そんなの。」

俺の、故郷だ。




着艦したところは、幸か不幸か、家の近くだった。風の噂で聞いたが、もう母は死んだらしい。寧ろ、生きていたら驚きだ。

親父は、ここではないどこかで、今もまだえいりあんを狩っているだろう。

あんな知性も知識もない、惰性で行動しているような生き物を狩る楽しみは、俺には理解出来いが。

そして妹は地球にいる事を確認済みだ。

つまり俺は、家族に会いに来たわけでは無いのだ。あれ等に未練は無い。勿論、故郷を懐かしむ為に、ここに来たのでもない。理由は他にある。

とりあえず、かつての住み処を訪れてみた。中は荒れ果てている。というか、散らかっている。こんな治安の悪いところだ。神楽が出ていった後に、好き放題持っていかれたのだろう。ロクな物があったとは思えないが。

神楽が居ないとなれば、親父だってこんな家必要としない訳で、こんな状況になってようが、関係ないのだろう。手入れされている様にも見えない。

散らかっている物の内容からは、ホームレスが使っていたような痕跡も見受けられるが、それ以外に人が来ているとは考えにくい。もしかすると、彼女もこの星から出ていったのかもしれないが、それならそれで良い。

俺は、彼女の家をしらないため。捜すあてもなく、周辺をうろうろしてから船に帰ろうと振り返ると、そこには数人の男達が立っていた。

何がしたいのかはすぐに理解出来た。俺を、犯したいんだろう。馬鹿らしい。そして愚かだ。

仕方なく、殺してやろうと手を伸ばした。

が、しかし、その手が届く前に、男達がバタバタと倒れる。認識が遅れた為に、そいつらの間から飛び出してきた、殺意と血に塗れた手を避けきれず、頬の皮が裂けた。

「か、むい?なんで……、」

「ああ、まだ居たんだ。ここに。」

彼女だった。返り血が、彼女の黒いチャイナ娘に染み込んでいく。俺の頬を切り裂いた右手を隠すように自らの胸の辺りに引き寄せて、血塗れの指先を左手で覆った。

身体が小刻みに震えている。恐怖の為には見えないし、興奮のせいとも思えない。彼女の顔が歪む。泣きそうなのが俺にもわかる。

「なんで、いるの?こんなところに、なんでよりによってこんな時に、ここに、いるの。やだ、私、」

こんなの、見られたくなかったのに。と掠れるような声で言い、彼女はその場に座り込んだ。泣いてるわけではない。

きつく目を瞑り、付着する血液を気にもせず、その両手で何も聞くまいと、強く耳を塞ぐ。そんな、どうしようもなく弱々しい姿が、途方もなく愛しい。

「どうしたの?どこか痛いところでもあるのかい?」

「……」

変わらない。彼女は昔からこんな奴だった。殺傷衝動に駆られ、小動物を殺した後も同じように現実を見据えようとせずに、全ての感覚を遮断しようと足掻き、もがき、苦しんだ。

とりあえず、話を聞いて貰えないことにはどうしようもないので、俺は、彼女の手を耳から無理矢理外し、語りかける。

「だから、前にも言っただろ?アンタは俺と居ないと、その内人間を殺すよって。」

「……私は、神楽を守らなきゃ、」

「その神楽ももういない。ここに居れば、またストレスが溜まりに溜まって、殺傷衝動が爆発する。そうでなくとも、あんたは自己防衛に手加減を出来ない。」

「海賊は、人を殺すでしょう?そんなとこ行きたくない。」

「殺すよ。でもそれは、俺がやる。最近家事をやってくれてるのが、腕を一本無くしてね。だからあんたはそれを代わりにやってくれればいい。」

その言葉に、漸く彼女は顔を上げた。虚ろな目が俺を映す。まだ光は灯らない。腕を引き、立ち上がらせると、彼女はふらつき、俺に倒れかかった。

俺が全力で抱き締めても壊れないその身体。彼女は多分、それに気付いていない。自分がどれ程強いのかも、自分の頑丈さも、自分の異常な才能も。比較対照が俺だったのだから仕方がないのかもしれない。

地球の様な場所で暮らしている神楽とは違い、平和ボケしていない、寧ろ、無理矢理開花させられた、才能を保有し、それでも彼女は夜兎として生きるのを躊躇っている。それでも良かった。

既に扉は開かれていて、彼女の覚醒は秒読み状態。俺が居ない間にこんなにも彼女が追い詰められているというのは少し予想外だったが、いい傾向だ。悪くはない。俺と共に在れば、彼女は必ず俺を殺したくなるだろう。その末に覚醒し、きっと自らの才能を最大限に引き出し、全力で俺を殺しにかかってくる。

そんな彼女なら。きっと俺に釣り合うだろう。俺に愛されても死なない。逆を言えば、彼女は俺以外と一緒になるなんて到底不可能だ。彼女が誰かを愛せば、その誰かは例外無く、彼女に喰い殺される。

つまり彼女には、俺を愛するという選択肢以外残っていやしないのだ。

彼女の身体をギュッと抱き締める。普通なら死んでいる圧力に彼女は漸く嬉しそうな顔をする。直感でわかっているのだろう。彼女は、自分には俺しかいないであろう事を。

だから嫌われるのをこんなにも恐れる。しかし見当違いにも程があるというものだ。俺が彼女を嫌えるわけが無いじゃないか。俺にも彼女しかいないのだから。



2010/09/10
吉原炎上編直後に書いた話を書き直しました
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