力の影響するところ/臨也


サンシャイン水族館は、私の癒やしの空間だ。ペンギンやマンボウを見ていると、何もかもどうでも良くなる。

自分の通っている高校で、たった今、自分のクラスメイト達がどんなトラブルを巻き起こしているか、先生達は困っていないか、そんなくだらない心配も全て忘れられる。

だって、何かが起こっているのは当然のことで、心配なんてするまでもなく、心なんて配る暇もない程に、非日常が日常的に横行してるのが、私の学校なのだから。

全国から変態と異常者と異端児を集めたのか。というような、そんな学校の代表的なトラブルメーカーは、親から変態性を受け継いでしまったのであろう岸谷新羅、生まれついて身体に異常なところがある平和島静雄。そして、そうとしか育てなかった異端児折原臨也の三人だと私は思っている。

先生達から言わせてみれば、私も立派にそこに入るらしいのだが、私は普通に普通で普通なだけが取り柄の、さぼり癖が酷い只の女子高生である。

『そこが、可笑しいんだよ。君はさ。』

いつだったか、そんなことを折原に言われたのを思い出した。

変態でも異常者でも異端児でもなく、私は壊れた、どこか可笑しい人間なのだと言われた。否、壊れる筈の人間が、壊れていない可笑しさ。それが私の異質なのだと。

岸谷と私達の違い、異の付かない彼との違いは、すなわち蛙の子が蛙であるかどうかだ。芋虫が蝶へと変態しただけ、それが岸谷新羅。それに比べ、私達は、例外なく、鷹から産まれた鳶だった。

DNAに刻まれていない筈の何かが、私達の中には存在するらしい。

私は、彼等の影響力も、それに影響された人間を五万と知っている。それ以前に、影響されていない人間を知らないくらいだ。折原を紹介してしまった、私の両親でさえ、折原に影響された。

変態か異常者か異端児でさえなければ、彼等の影響を少なからず受けてしまう筈なのだ。それが自然。ナチュラル。その点、私は不自然なのだという。

彼等と出会った私は、変態でも異常者でも異端児でもなかったのにも関わらず、影響を何一つ受けなかった。考え方は変わらぬまま。生き方を変えぬまま。望む死に方はそのまま。寧ろ、私は彼等以外の人間の為すことの方が、影響力があると思っていた。

人類であり人外である彼等と、私達人間が、同じになれるわけが無いのだ。影響を受ける理由すらない。私はそう思っていた。

折原臨也は、それが異質なのだと言った。

それは、まあ昨日のことであるのだが。先生に呼び出され、またさぼり癖についてかと職員室に赴いた私に、先生が言った一言。

『お前はもう少し、』

『はい?』

『お前はもう少し、人を見習いなさい。』

よく、意味がわからなかった。サボってるからか?ちゃんと学校に来いと?そういう意味ではないらしい。最終的に至った答えは、ああ、先生はそんな風に考えるのか。それはあくまでも他人事で、私の考えは変わらない。

『せんせえ、わたしはこうおもいます。』

『ここはこう考えるんだよ。主人公は悲しんでいるんだ』

『はあい。』

それでも、私の中の主人公は、ひたすら激怒していた。しかし、テストの答えには先生の考え方を書いた。私の考え方は変わらない。小学校の時から、私はかわらない。

「自分がはっきりしてるってだけじゃ駄目なのかなあ。まあ、」

そんなの関係ないか。所詮は他人事だし。と言う前に、ベンチに座る私の隣に、誰かが腰を下ろした。聞こえたのは、よく知った声。

「俺は良いと思うけどね。寧ろ面白いから好きだよ。それになにより、君が君らしいっていうのは、あらゆる計算がし易くて楽だし……まあ、自分が思うようにしか動かない分、自由度がきかないところが難点だけど、最初からそれを計算の中に盛り込めば、なによりも分かりやすいしね。」

「ありゃ折原。相変わらずワケのわからんこと言ってるなあ。」

「昨日の注意にヘコんで学校を休んだのかと思ってたけど、どうやらそうじゃないみたいだね。」

「私はサボりたかったからサボっただけだよ。他に理由があるわけないじゃん。」

私が今座っているのは、所謂ショーの観覧スペースのベンチなわけだが、平日のこんな時間である為に私達以外の人間は殆ど見当たらない。

折原は、そんな周囲を軽く見回すと、30cmほどあった私との間を少し詰める。私は動かない。

「多分、君は自分がそこにいたいから動かないんだね。」

「うん。まあね。」

「じゃあキスしようとしても動かないのかな?」

「動かないよ。」

「自分のしたいことしかしない君が、キスしたくないのにキスするの?」

折原は今まであらゆる手を使って、私のしたいことを妨害しようとしてきた。したいことをするという考え方を否定しようとしてきた。多分暇だったのだろう。

例えば、私が通ろうとしていた道を平和島を挑発して破壊させて通れなくしたり、私が出掛けようとしているとき、わざわざ家に訪ねてきたり。

ただ、私はその全てを「道が破壊されていたから、道を変えたいと思ったの」とか「折原と話したいから、出掛けるのは中断することにしたの」とか言って、自分の考えにしてきた。というか事実だった。

だから、次はキス。これだって、「折原とキスしたくないと思ったから退いたの」なんて言えばどうにかなるだろう。ただ、残念ながら、私はそんなことを考えていない。だから言えない。

「そんなことは置いといてさ、折原はとりあえず、私にキスしようとしてみなよ。きっと面白いことがわかるよ。」

そう言うと、折原はその通り、間髪入れずキスをした。折原は折原で、やりたいことしかやらない奴だから、私は単純に嬉しかった。

「私はね、折原。」

空を見上げながら、私は唇をすぐに離した折原に語り掛ける。気付かないのか折原もみんなも。私は十分影響を受けているのに。折原が平和島をけしかけて道を破壊した、その事実は確実に私の行動に影響しているし、折原が来たという事実で、私は出掛けるのをやめるという影響を受けている。それとも、折原はわかっていて続けているのだろうか。

「私の今したいことは、折原の影響を受けることなんだよ。つまり私は折原が好きなの。」

折原は、困ることなんて何も無いかのように笑った。簡単な話なのだ。好き嫌いがあるから、人間はただ、影響を受けるだけ。

つまり、私は、好きな人も嫌いな人もいなかったから、人による影響を受けなかっただけで。でも私は今、確実に折原が好きなのだ。だから彼の存在は十分に私に影響を与えていた。

「私が、折原達の影響を受けてないって話したのさ、過去形だったでしょ。」

「そういえばそうだったね。嘘を吐かずに人を騙すなんて随分小賢しい真似するようになったねえ。」

「それも折原の影響だからね。嫌なら自分の行動や言動を正しなよ。」

やりたいことしかやらないなんて人間の本質だし、好きな人の影響を受けるのだって人間らしいじゃない。異質だなんて誰がいったの。人間らしすぎるのは折原で、ただひたすら人間であるのが私なだけ。

「折原が人間を愛するって言うなら、私は人間そのものになるよ。」

多分、折原は自分の影響力をなめすぎてるんだよ。折原と同じように、私は笑った。



2010/09/10
サンシャイン水族館改装前に書きました
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -