Lovely doll
都内のワンルームマンション。不用心にも鍵のかかっていない玄関の扉を開けば、そこには下着を含む女物の衣類が脱ぎ散らかされていた。
扉の開け放たれたバスルームからは、シャワーの音が全く色気無く聞こえてくる。その上ユニットバスだというのにカーテンも閉めていない。
つまりは丸見えだということなのだが、彼女がそんな些細なこと気にするわけもなく、オレの訪問に気付くやいなや、バスタオルすら巻かず、縁に手をかけてバスタブから身を乗り出し、以前と変わらぬ顔で笑い、挨拶代わりに言った。
「遅かったね。もっと早くに来るかと思った」
以前より女らしさが増したことくらい、中学生のオレにだって理解は出来ていた。
でも、オレが思わず彼女を抱き締めたのは、否、彼女に抱き付いたのは、欲情したからではない。ただ、甘えたかっただけだった。
シャワーが肩を打つ感覚が心地良くて、オレは目を閉じる。温いような熱いような。中途半端なのに、しっくりくる温度。それがやけに気持ち良い。
「榛名ちょっと離れて。すぐあがるから。着替えあるならちゃんと着替えてね、肩冷やしちゃう。野球、やめないんでしょ」
オレは子供のように、首を横に振る。彼女の溜め息が、耳元から聞こえた。
「シャワーだけ、止めさせてくれるかな。水の無駄だから」
オレが頷くと、彼女は左手で、キュ、と蛇口をひねり、シャワーを止めた。何の雑音も無くなったバスルームに、彼女の声だけが響く。
「これは一回しか言わないけど。私は野球やってる榛名、好きだよ」
「でももう辞めっから」
「それなら私は止めないよ。私は榛名を目一杯甘やかすだけだから。今の言葉は忘れてくれて構わない」
気付いていた。彼女の今の言葉ですら、オレを"目一杯甘やかしている"ということに。
オレは別に彼女を野球を続ける理由にしたいというわけではなかったからだ。
彼女に何を言われようと、野球は辞める。それは決定事項で、その決断に変更はない。
ただ、オレは今までやってきた事の意味が欲しかっただけなのだ。
それだけの事だが、それをこんなに簡単に気付いてくれるヤツは、きっと彼女しかいないだろう。
「ねえ、榛名、だから私も一つだけわがまま言っていい?」
「……んだよ」
「思う存分、私にわがまま言ってほしいんだ」
彼女は、一体どこまでオレを甘やかす気なんだろう。ただ、オレには彼女のわがままを聞いてやることは出来そうにない。
「悪い、こんだけで充分」
そう囁いて、彼女を抱く腕に少しだけ力を込めた。手に直接触れる、濡れた柔らかい肌。男なら欲情するべき場面だし、欲情しないわけでもないが、やはりオレは、どうにも彼女を求める気にはなれない。汚したくないんじゃない。これ以上近付きたくないだけだ。
「そう、それなら良かった」
その彼女の呟きを聞いた約十四時間後には、オレは埼玉へ向かう電車に乗り込んでいた。自宅の最寄り駅まで、あと何分だろう。
一泊した彼女の部屋は、女が住んでるとは思えないくらい乱雑だったが、心は何故か落ち着いた。多分、だからこそオレは彼女の元を訪ねたのだろう。
「わがまま言わねぇっつーのが、最大のわがままなの気付いてンのかな、アイツ」
オレ以外に誰もいない車両に、オレの独り言だけがポツリと現れ消えていく。
「バカみてえ」
もしかしたら彼女は、オレのプライドなのかもしれない。
2010/08/10
勢いで書いてしまった。しかし終始裸なヒロインてどうなの。