偽物でも美しく
乱反射するのは、心じゃなく気持ちだ。情愛にも似た、途方もない愛情は、私の中で反射し、反射し、また反射して、ただの欲望へと姿を変える。
雪が解けたらはそれはもう雪ではない、水なのだ。干上がった海は海ではなく大地で、情愛も欲望に変わったらそれは欲でしかない。
「ねえ、榛名?」
隣で私を抱き締めたまま眠る榛名の頭を撫でながら、私は静かな空間で唯一の音を奏でる。
榛名は、その手を鬱陶しがるように身じろぎし、私をまるで愛おしむかのように抱き締め直すと、また穏やかな寝息をたて始めた。
まったく、寝ているときだけは大人しいのだから。私はそう思いながら小さく息をつく。まるで寝息のようだ。
「私、榛名が大好きよ」
はなから届けるつもりのなかったその言葉は、静寂に溶けて消えてゆく。
重みのない言葉でも重ねてしまえば、重みを帯び、他人への重圧へと変わり、誰かを押し潰してしまう。だから、私は彼に聞こえないように幾度も愛を囁き、耳を塞いで彼の愛の言葉から逃げた。
聞きたくないわけではなく、聞いて彼に依存したくないだけで。聞かせたくないわけではなく、聞かせて彼を束縛したくなかった。
そして、それらが建て前や言い訳だということを私は知っている。私はただ、気持ちを確かめるのが怖いだけ。傷つきたくないだけ。そこまでわかりきっているから、私は不安定ながらもこうやって彼の隣にいれるのだろう。
気が付けば、カーテンの隙間から差し込む日差しは随分強くなっていた。ベッドの脇のチェストに手を伸ばし、携帯を開き時間を確認すれば、6:32という数字が表示されていた。
「榛名、そろそろ起きて。今日用事あるんでしょ」
「うっせ、起きてる」
「じゃあ離して。私はもう一眠りするから」
私の言葉を聞いてたのか聞いていなかったのかなんて話はしない。私には、あえてそれに触れようとは思うことができないし、彼が聞いていたとして、それでもそのことに触れないのは、彼も触れたくないからなのだろう。
「じゃ、おやすみ」
「おー」
家を出る際、いってきますとわざわざ言いにきた彼に、私は寝たふりをして返事を返さなかった。
瞑ったままの目。一瞬、頬に触れた温もりの正体を私は確認しようともせずに、ドアの閉まる音に耳を澄ます。
直後私の吐いた深い溜め息は、とても寝息とは思えなかった。
私も彼も理解しているのだ。お互いの気持ちなんて、とっくに解り合えてるということを。
どうしようもなく臆病者な私達は、最後の確認作業をしようとしない。愛に似たガラクタが、本当に愛であるのかは、多分私達には永遠に判らないことだ。
いいじゃないか、ガラクタのままでも。これはこれで、とても綺麗なのだから。
2010/09/04
だから何故榛名で書くんだ私。