日常の中の君が好き


私が自宅でぼんやりテレビを見ていると、玄関から鍵を開ける音が聞こえてきた。

玄関の方を座ったまま覗いてみれば、いつも通り、榛名が帰ってきたようだ。私はそれを確認し、すぐにテレビに視線を戻した。

「ただいま」

榛名はそう言って、テレビを見る私の後ろにあるベッドに腰をおろす。私は振り返らずに、お帰り。と一応言葉をかけてから、またテレビに集中し始めた。

しばらくの間、テレビの音と時折軋むベッドの音しか聞こえなかったのだが、不意に榛名が話し出す。

彼がうちに入って来たときから、なんとなくイライラしているような気はしていたのだ。その話の内容はやはり愚痴で、私はテレビから目を離さずに、半分聞き流がしながら彼の話を聞いてやることにした。

「つーかアイツ意味わかんねーっつの。自分の男を信じれねーわけ?みたいな」

「なに言われたの」

「浮気してるだろってまた言われた。今週三回目」

「へえ。まだ水曜日なのにね」

テレビに映るバラエティー番組では、今流行りの芸人が一発ギャグで笑いをとっている。全く笑えなかった。

「会う度に浮気浮気って、浮気されてーわけ?あいつは」

「しらない。でもそんな彼女さんが好き何でしょ」

「あんなヤツ好きじゃなきゃ付き合わねっつの。」

「あんなヤツだから好きなんでしょ」

最近のテレビは何故若手芸人しか出てこないのだろう。大物芸人が好きな私はため息をつく。後ろで榛名が同時に息を吐いたのが聞こえた。先ほどの一発ギャグよりは面白いが、やはり私は笑わなかった。

「浮気してんじゃないの。榛名」

「は?する暇なんかあるわけねーだろ」

「とりあえず、私んちに帰ってくんのやめたら?」

「これは浮気じゃねーし」

つまらなくなって来たために、テレビを消し、私は榛名と向かい合うように座り直す。

「他の女の匂いがするのは、浮気じゃなくても嫌なんじゃないの?」

「浮気じゃねーなら問題ねーし」

「私は榛名と浮気をしてるつもりだよ」

私のその言葉に、榛名は一瞬驚いたような顔をし、何か言おうと口を開く。しかし、彼は結局何も言わずに口を閉じ、すぐに顔を元のイライラしたような表情に戻した。

どうやら何を言うべきかを模索しいるようだ。

「つまり、そういうことなんだよ」

「イミわかんねーよ」

「彼女さんも、私と同じなの。榛名が浮気だと思ってなくても浮気だと感じるの」

「ベツに、オレは、お前とはなにも」

『お前とは。』なんて言葉に傷付くような、私はそんな女だ。当たり前だが、彼女とは何かをしているわけなのだろう。

「してねーだろ」

「でも私は、榛名が好きだからそばにいる」

「それはお前の」

「榛名が好きじゃなかったら、お帰りなんて言わない」

「それは浮気かどうかとは関係ねーだろ」

「私は、榛名の彼女さんが嫌いだよ。わからないかな。つまり同じなんだよ。だから彼女さんは私が嫌いなの。ていうかね、私が浮気してるつもりなら、榛名は浮気してるんだよ。」

榛名が黙った。相変わらず勢いのない口喧嘩に弱い奴だ。私は立ち上がり、榛名の隣に腰掛ける。ベッドがいやらしく軋んだ。

「明日からも、うちに帰ってきてくれる?」

「オマエはオレをどうしたいわけ?」

「どうしたいとかはないよ。彼女がいてもいいし、浮気は私の思い込みでいいし、キスしなくてもいいし、もちろん気まぐれでしてくれてもいいし、セックスだってどっちでもいいし。榛名が私のそばにいたいなら、そばにいてくれていいよ。私は榛名のそばにいたいから。」

「オレは」

「答えは言わなくていいよ。私が嫌なら、嫌になったら帰ってこないでいいから。で、帰ってきたくなったらいつでも帰ってくればいい。私はいつまでもここにいるもの。」

本当はそんなの嫌だった。私は普通の人間で、普通に榛名を愛してる。だから本当は彼女と別れて欲しいし、何がなんでもうちに帰ってきて欲しい。

ただ、それでも、欲張って榛名に嫌われるのは嫌で。彼が明日帰ってこなくても、いつまでも待つことだけは許して欲しかった。

「   」

私の名前が聞こえた気がした。それと同時に、ギシリとベッドが激しく軋む。私は榛名に押し倒されたらしい。ゆっくりと榛名の顔が近付いてきて、私と彼の距離は零になる。

その後は何もなかった。榛名は何も言わなかったし、私も何も言う気がおきなかった。

とりあえず私は、もう一度テレビをつけて、毎週見ている深夜ドラマに集中する。

榛名は、いつの間にか私のベッドで寝てしまっていて、次の日の朝には、いつも通り何も言わず大学へと行ってしまっていた。

6枚切りの食パンも、いつも通り二枚なくなっていて、私は残った一枚を、昨日の朝と同じように焼いて食べる。

今日の夜は、いつも通りお帰りを言えるのだろうか。



2010/09/02
榛名は多分大学行くよね
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