予防線
もう駄目なんだろう。と直感した。私の少し前を歩く彼の背中が、なんとなくそう感じさせた。
榛名とは半年とちょっと付き合って来たわけだが、その間、ほとんどなんの進展もしていない。手を繋いだりだって、ほとんどしない。そしてそれは全部私のせいだ。
多分、彼にとってはそういう関係はもう限界で、だから最近はこんな雰囲気にしかならなくて、それは全部私が悪くて、この期に及んでも、そんな榛名に謝ることすら出来ない私は、つまり最低なのだ。
月がないせいで、星がよく見える。その星空は、気持ち悪いくらい綺麗で、お別れはこういう日の方が寧ろいいのかもしれないと思った。
「隣、歩かねえの?」
不意に立ち止まり、榛名が言った。振り返らない彼が、なんだか怖かった。隣を歩いたら、大切な事を言われてしまいそうで、それも怖かった。
ただ、そのままにしておくわけにもいかず、私は榛名の隣へと早足で向かう。気まずくて顔が見れない。元希はまだ歩き出さない。
「あのさ、」
「……なに?」
こんなにも別れたくないのに、続きが聞きたくないのに、なんで私はいつもすぐそこにあったその手を今もまだとれないんだろう。
榛名がこちらを見ているのがわかる。どんな顔をしているのか、気になるのに顔を上げられない。俯いたままでいる私の視界の端で、榛名の手が動いたのが見えた。そしてその手が、私の頬に触れる。
「お前、付き合うときに、勝手に自分に触るなとか、キスはしたくないだのっつってたろ」
「うん」
「でもこうやって触っても文句言わねーし」
「う、ん」
「だから、なんだ」
別れ話とは、遠い話な気がして、顔を上げる。一瞬、暗くてもわかるくらいに顔が赤い榛名が見えたのだが、次の瞬間私は頬に触れてた筈の榛名の手によって、頭を押さえ込まれ、強制的また下を向かされてしまった。
「急にカオ上げんなよ!ったく、ちゃっちゃと帰ンぞ」
「なんで!ていうか今なんて言おうとしたの?」
頭を押さえていた手を私の手に移動させて手を繋ぐと、彼は私をぐいぐいと引っ張り、歩き出す。先ほどまでの私の不安はいつの間にかどこかへ行ってしまっていた。
「もういいんだよ。忘れろ」
「やだ。何言おうとしたの?」
「触って良いんだろ。なら良いんだよ」
「でもそれ以外にもなんか言おうとしたでしょ?」
「だからオレはっ……!」
榛名が急に立ち止まって振り向いた。手を繋がれていた私はバランスを崩して転びそうになったが、なんとか体勢を立て直し、榛名を見上げる。
「だから見んなっつってんだろ」
「顔見られたら言いにくいことなの?」
「そうだよ悪かったな!」
「じゃあ見ないからなに?言ってみてよ」
私はわざとらしく俯いて、榛名の言葉の続きを待つ。しばらく沈黙していた榛名だったが、だから、その、あれだ。などとぶつぶつ言い始め、意を決したように咳払いをした。
「触っていいなら、キスもしていいか。って」
言おうとしたんだよ。と、だんだんと声がフェードアウトしていったが、最後まで一応聞き取れた。というか重要なとこはバッチリ言っているのに、そこから声を小さくしてどうするんだろう。なんて思ったが、それは指摘しない事にした。
「で、していいわけ?言わせたンだから答えろよ」
「いや、あのね、女の子に榛名くんとどこまで進んだの?とか聞かれたとき、私嘘つくのもやだったし、かと言ってキスしたとか言うのも嫌だったのね」
「あ?ああ。そんで?」
「だからね、あんまり、恋人らしいことしたくなかったんだけど、最近、まだキスとかしてないなんて変だとか言われて、逆に嘘っぽくなってきちゃって、でも自分から言ったのに、今更キスしていいとか言えなくて、」
「はあ?今更だろうが言えっつの!悩んでたオレがバカみてーじゃねーか!」
「恥ずかしいでしょバカ!もうキスしてもいいことにしてあげるんだから許しなさいよ!大体私だって悩んだし、最近なんか一緒にいてもつまらなそうだったから、今日明日にでも別れ話が出るんじゃないかとか思ったりして不安だったんだから!」
うっかり勢いでそこまで叫んでから、榛名が嬉しそうにニヤニヤ笑っていることに気が付いた。
そこから一拍置いて、榛名に抱き締められる。少し痛かったし、凄く恥ずかしかったが、私が悪かったのは事実なので、黙って抱き締められてはおくことにした。うん、正直私も嬉しいしね。
「オレがオマエと別れるワケねーだろ、バーカ」
「ん、ありがとう」
本当、不安になってた私はバカみたいだ。
それにしても榛名は結局キスはしないのだろうか。
2010/09/01
別れ話?ないない。無理ですそんなの。私には書けません。