ひとしずく/南雲
南雲薫って人は最初から最期まで哀れな人だったと思う。
それは多分妹だかなんだかのせいではなく、そういう性格に産まれてきた薫のせいで、つまり妹を憎んで羨んでいた彼は、彼女に対して全く見当違いな感情を抱いていたということになるわけなのだが、それもそういう性格だったのだから仕方がなかったということにしておこう。
そもそも私が薫と出会ったのは、何年前だったか、確か私が三人目の人間を殺すハメになったあとのことだ。私が実家に帰ると、そこで薫はとても不幸そうな顔をしていた。なので、私は優しさで彼を殺してあげようとしたのだが、彼が抵抗したせいでしくじってしまったのである。
不思議だった。鬼のなり損ねの私とは違い、彼にはずっと力があるはずなのに、なぜ彼は、虐げられて、その人生をそのまま受け入れているのだろう。とにかく私にはそれが不思議でならなかった。
「薫くんだっけか君は」
「それがどうかしたの」
「君、私と同じいらない子なんだよね。」
いらない子同士仲良くしようよ。そう伸ばした手は誰にも握って貰えなかった。そして私はまた旅に出て、その後、薫がどんな道を選び歩んだのかはしらない。だが、結果があれじゃあ、まあ間違いなく彼の性格は修正されなかったのだろう。
握ってやれなかった手は、結局握ってやることができないまま終わってしまった。
視線の先の、薫と同じ顔をした女は、薫と違ってとても性格が良さそうだ。彼女なら例え立場が逆だったとしても、自分なりの幸せを見つけられただろう。
母親の腹の中で前向きな考え方まで妹に奪われたらしい薫が、途方もなく哀れでならない。なんにせよ薫が戻ってくることはなく、何かしてやりたいとすら思えなかったことが悔やまれる。
人が不幸になるのは不幸だとばかり感じるからだ。そんな言葉だけでも、なぜ私は彼にかけてやらなかったのか。
簡単な話だ。私は、少なくとも鬼に産まれることができた薫が憎くて羨ましかったのだ。父以外の男と子供を作った母と同じくらい憎たらしかった。鬼の癖に不幸をなげく薫になんて同情できるわけがなかったのである。
性格が悪いのはお互い様で、私の最期も薫の最期と対して変わらないのだろうと、彼の死は私をとても不安にさせた。
それだけのはずだ。たまたま目撃してしまった彼の死が、私にそれ以上の感情を抱かせるわけがない。
頬を伝う水は、多分雨だ。
2010/08/27