落し物を見つけました
「人の誕生日に不機嫌そうな顔してんのはどうなんだよ」
「わ、いきなり現れないでよ!」
「待ち合わせしてんのにいきなりも何もねーだろ。誰とラインしてたわけ?」
「ああ、例のお見合い相手よ。クソみたいに価値観合わなくて、どうやってお断りしようか悩んでるんだけどね」
スマートフォンをしまいながらそういうと、今度は榛名くんが不機嫌そうな顔になった。
誕生日だからどうしてもと言われ、今日は特別に一緒に外出するわけだが。
いや、外出と表現してはいけないか。本人からはデートと言われていたのだった。
デートの約束。それ自体が誕生日プレゼントということらしい。
「彼氏いるならお見合いしなくていいって言われてンだろ。それなら」
「高校生を彼氏ですなんて紹介できないでしょ。というか、高校生をあんまり遅くまで連れまわせないんだから、とりあえず早めに行き先教えてくれる?」
彼には当然学校や部活があるわけで。
その後に待ち合わせをしたものだから、時刻はもうだいぶ遅い。
五月なので、そこまで暗くはなっていないものの、時期によってはまっくらになっている時間だろう。
「歌上手いっつってたから、カラオケでも行こうかと」
「まあいいけど、それ誰に聞いたの」
「宮下先輩から」
「あの子はそれをどこで知ったの」
「店の人に聞いたって」
お店の人。なるほど、心当たりは沢山ある。わたしは榛名くんの学校の近くのファミレスでパートをしているのだ。
そして宮下さんというのは、彼の部活のマネージャーで、笑顔の可愛い女の子のことだ。
なかなか親しみやすい子なので、店のバイトの大学生の男の子たちも狙ってたようなのだが、よく一緒にお店に来ている野球部のキャプテンが彼氏だということが最近わかり撃沈していた。
まあなんにせよ、だから、店の人たちは、あの子には口が軽いのだ。
「なるほどね……。まあ、とりあえずいきましょっか」
「あ、やっぱその前に」
「その前にって、早く行かないと高校生じゃ入れなくなっちゃうけど」
「最悪それでもいいんで、ちょっと先に話してもいいっすか」
珍しい。敬語だ。
いや、最初は敬語だったっけ。
この子の友達がジュースをこぼしておしぼりをもらいにきた時だから、そりゃ当たり前なんだけど。
若くて元気でいいなー。なんて。もう二十代半ば過ぎなもんだから、そんなふうに思ったっけ。
せめてわたしがもうすこし若ければよかったんだけど。
「いいけど」
待ち合わせしたのは公園で。
そういえば、初めてお店の外でこの子に会ったのもここだったっけ。なんて。
あの日は街灯が一箇所切れかかってて、薄暗い中、人にぶつかられて、カバンの中身をひっくり返してしまって。
その拍子に鍵を落としてしまい、合鍵もまだ電車二駅の実家に持っていく前で、一緒にキーホルダーにつけてしまっていて、見つからないことにはどうにもならなかったため、暗い中を必死に探してたら、この子が話しかけてきたのだ。
何してンだよ。って。
いきなりタメ口だったから失礼だなって思ったんだけど、どうやら童顔なわたしは高校生くらいの、それも年下のバイトだと思われていたようで。
お店じゃないしいいかな。と思ったとのことだったのだが、結局それから、だいぶ年上だと話したと言うのにタメ口が定着してしまったのだ。
「オレこないだ告白しましたよね」
「うん。それで譲歩して誕生日にお出かけって話だったよね」
「あれ、年齢以外の問題では断られてないから、なんか他に理由あんなら聞きたいんだけど」
速攻タメ口戻りやがった。
真剣に話すことを意識して敬語だったのかもしれないけど、これはもう癖なんだろうなあ。
それにしても、なるほど。確かに年齢以外の理由なんてないのかもしれない。
というか、年齢だって、彼がいいって言うなら別に気にしなくてもいいとは思ってるのだ。
正直絶対に結婚したいなんて思ってなくて。
万が一、適齢期を過ぎて彼にフラれて後がなくなったところで、困るとも思えないし。
そして彼は男だからそんなに焦ることもないだろう。わたしに人生をほんの少しくらい使ったって、十分やり直せると思う。
なんて頭の中では思いつつも、本当の理由は言えないだけなんだよなあってことは自分でもわかっていて。
これは言わなきゃ仕方ないかもな。なんて。
「榛名くんに万が一フラれたら後がないって話はしたよね」
「それはフラないから考えなくてもいいっつったろ」
「本当はね、別にいいのよフラれて後がなくて結婚できなくても。結婚願望薄いしね」
「そんなら、なんで」
「でも、付き合って、いろんな面見られて嫌われたくないの」
一呼吸おいて、本音を話す。
誕生日プレゼントのデートだし。
今の時間は彼のために使ってあげるべきで、それなら嘘で誤魔化したりしちゃいけないんじゃないかなんて。
いや、そんなの建前で。
「付き合うって、友達とは違うでしょ。今榛名くんは一旦友達としてわたしと仲良くしてくれてて、もしこのバランスが崩れちゃったり、恋人としてのわたしをみたら、嫌いになっちゃったりしないかなって思うんだ。実際、そういうことも多かったもんだから」
だって本当はずっと。
鍵を一緒に探してくれたあの時から、きっとわたしだって彼に惹かれてた。
本当は素直に言いたかった。
でも独占したい以上に嫌われるのが怖かったのだ。
「じゃあ」
「じゃあ?」
「友達のままでいいから、絶対他に男作んねーって約束しろ」
「はい?」
「オレも彼女作ンねーし、オマエが不安じゃなくなったら付き合えるようにしとくから、もう絶対見合いとかはすんな」
「だからそれはお母さんが」
「好きな人がいるって言えばいいだろ。オマエ実際オレンこと好きなんだから」
「まあそれはそうだけど……」
「てことは多少手を出しても大丈夫そうだな」
「えっ、待っ、そんな状態になったらそれ付き合ってるようなもんじゃ……」
「じゃあ付き合えばいいだろ」
「いやだからそれは」
「もう無理だっつの、オマエがそれ隠せなかったらどうしようもないのわかってたろ」
「わ、わかってなんか……」
「わかってたろ?」
「わかってた、けど……わかった、じゃあとりあえず卒業までは我慢して。じゃないとわたしが捕まる」
「ったくしょうがねーな」
「……よしよし、物分かりがいいのはいいことだわ」
なんて、また無くしたら危ないからって、無くしたら連絡よこせとか言って人の合鍵勝手に持ってったやつが物分りなんて良いわけがないのだけれど。
「じゃあ、やっぱカラオケじゃなく千紗子のうち行くか。鍵は持ってるけど場所は知らねえし」
「やめてよ片付けてないんだから!」
まああの時、渡しちゃった時点でこんなことになるのはわかってたのかもしれない。
2019/05/24
作中で言わせられなくてごめんね
榛名くん誕生日おめでとう!