言葉にしない攻略法


好きな人とはまあ、そこそこ仲がいいとおもう。どの程度仲がいいかと言えば、相手に聞けば親友だと言ってくれるだろうというくらい。

薄っぺらい、「うちら親友だもんね!」みたいなのではなく、ああこいつとは学校卒業しても、なんやかんや付き合いが続くだろうな。みたいな。

でもそれって親友止まりということなのだ。
今の関係が心地いい。なんて口触りいい言葉を言うつもりはないし、実際膠着状態に困っている。

ただ、今の状態が心地が悪いわけじゃないわけで。彼はモテるから、そんな彼に惚れてる有象無象の女子どもから羨望の眼差しを向けられるのは非常に心地いいし、わたしがいる限り、彼に彼女ができるビジョンが浮かばないほどだ。

独占欲的な意味では、素晴らしいポジションをゲットできているといえよう。

そこまで彼女と言う称号に必要性を感じているわけではなく。
彼にとって、人生の中で必要で、出会ってよかった人間でいることの方がよっぽど重要で。

男に生まれたかったほどで。そこまで近くに居たくて。

だってわたしが男なら、アイツに彼女ができたって、なんの遠慮もしなくて済むし、こっちが恋人を作ったって、ずっと仲良くして居られるじゃないか。

新しい立場のやつに振り回されることなんてないのだ。






「最近あの子と仲良いね」

つい口から漏れた言葉が、なんとなく恥ずかしくなった昼下がり。

教室で机を寄せてお昼を一緒に食べていた榛名は、少しびっくりした顔でこちらをみていた。
ちなみに秋丸はなんか世間話の一つみたいな感じで普通の顔して聞いていた。無駄に安心感のあるやつだ。

その“あの子“が教室にいないから当然そんな話題を振っているわけだが。

榛名は少し周りを見回して、なんで? と聞いてきた。
なんでって聞くかコイツ。なんでだと思うんだコイツ。

「あんたが、あの子って表現でわかるレベルに仲良いからちょっと気になっただけだけど」

「ふーん」

「ふーんって何」

人の心の機微疎い方の秋丸が、どっちもどっちだよなあと思うほどだったことをわたし達は知らないわけだが。

まあどっちもどっちだった。
わたしがそんなことを聞くのは当然多少のヤキモチがあるからだし、榛名は要するに妬いたのか聞いてるわけで。
ふーんって何ってわたしが聞くのは、妬いてほしかったのか確認したかったわけで。

「で、どうして急に仲良くなったの」

「向こうから来るからオレのこと好きなのかもな」

その情報が本当なら、実際その通りだとは思うのだが、ニヤリと笑いながら言うあたり、君はわたしの当てつけ程度にしか彼女を捉えていないな。

そして、コイツにそのつもりがあるならこんなに自信満々にわたしにそんなこと言えるわけないから、その子の勝率はゼロとは言えないまでも高くはなさそうだ。

「まあそうかもね」

「お前がそうかもっていうならマジでその可能性高そうだな」

「で、じゃあ告白されたらどうするの?」

「え」

ここまで、少し流れは普段と異なるが、基本的にはよくある会話である。
榛名はそこそこの野球部でエースピッチャーをやってるのでよくモテる。
漫画みたいに不可侵条約みたいなのがあるファンクラブは存在していないので、同級生先輩後輩関係なくみんな抜け駆けしようと必死なのだ。

そんな中、バッテリーなんか組んで正妻ポジを獲得できてる秋丸って本当羨ましいと思う。割とマジで。

「今回は付き合ってもいいかもな。こないだ自分なら野球部の活動邪魔しないようなお付き合いができるアピールされたしな」

「わたしがそうかもって言うまでもなくロックオンされてんじゃねえか。それなら付き合えばいいじゃない。おめでとう、晴れて彼女持ちになれそうな榛名くん」

「つっても流石に彼女ができたらお前らと飯食えなくなるだろうな」

「え」

「え」

秋丸なんでお前まで「え」っていうんだよ。意味わからんわ。

しかしコイツ変化球磨きやがって。今までにない流れじゃないか。付き合ってもいい話をして、わたしが付き合えばって言ったらいつも、まあ告られたらだけどな! って濁して、告られても付き合わないまでがテンプレなのに。

そのせいでちょっと慌ててしまった。

「それだとオレと平尾さん二人で食べることになるけど榛名はそれでいいの?」

「なんでオマエが千紗子のことアシストすんだよ」

アシストってなんだよ。まあ、ナイスアシストだ秋丸。今日こそ勝てる気がする。

「そ、そもそもオマエと千紗子が二人で飯食ったところでオレになんの関係があるんだよ」

「そしたらわたし、秋丸と付き合ってるって噂されちゃったりして」

「は?」

「秋丸まあそこそこイケメンだから悪い気はしないかなあ」

「秋丸のどこが」

「メガネを外すとなかなかですよ」

「なんでオマエメガネしてない秋丸知ってンだよ」

「こないだ顔洗ってた時見たけど、いやー、水も滴るいい男ってああ言うのを言うんだなあ」

「へー」

「で、榛名は彼女さん(未定)とご飯食べるんでしたね。どうぞどうぞ」

「オマエと噂される秋丸がかわいそうだからやめとくわ」

「だってさ。秋丸は嫌?」

「平尾さんは美人の部類だと思うから嫌な気分にはならないかな。榛名がめんどくさくなりそうだと思うからできれば勘弁だけど」

「なんでオレがめんどくさくなンだよ」

「え、だって榛名」

「あっ!!!」

そうなる時は榛名には彼女がいるという設定をすっ飛ばして秋丸がついうっかりとんでもないことを本人の意思にかかわらず言ってしまいそうだったので、なぜかつい遮ってしまうわたし。

わかってるんだよそれは。わたしも彼もお互いちょっと確信持てないだけで。

人から聞くのはダメだ。なるべく聞きたくない。

「お、おう、どうした?」

ホッとした顔で榛名がわたしに聞く。よしよし話を変えられるぞ。

「課題家に忘れてきたかと思ったけどそんなことなかったわ。気にしないで」

「珍しいな、課題なんかやってくんの。つーか、珍しいといえば、オマエからオレの女友達話振ってくんのもやっぱかなり珍しいよな」

あっ、こっちがフォロー入れたらこいつ無理矢理勝ちに来やがった。

確かに珍しいのである。榛名が勝手にヤキモチ妬かせるためなのか、自分に好意のある女の子の話をしてくるのは珍しくない。

その度に「なんだコイツ、榛名様は告らせたいってか?」とバカにしながら聞いてるわけだが、なんで今回は気になっちゃったかというと、まあそれには一応事情が無きにしも非ずなのだが。

「なんとなく気になっただけ。他意はないわ」

「普段気にならねえことが気になるってことは他意しかないだろ」

「だんだん口が達者になるわね……」

「誰かさんのおかげでな」

秋丸が、空気を読んだわけではないだろうけど、トイレ行ってくるね、と席を立った。

なんで女子と違って男はトイレに一緒に行かないんだ。あいつら必ずと言っていいほど一緒にトイレに行く生態じゃないか。

「あのね、別に普段気にしてないわけじゃないし」

「は?」

「普段から気にしてるけど、今回はつい口に出しちゃっただけ」

ここで、いつも他の子の話してる時みたいに、自信満々にオレの事好きだろ。って聞いてくれたら勝てるのに。

照れて言葉に詰まっちゃうからダメなんだよ、榛名くん。

「あれー? 気にしてもらってもしかして嬉しいのかな? 榛名くん」

「ベツに嬉しくねーけど」

「あら残念。喜んでもらえたらわたしも嬉しかったんだけど」

ご馳走さま。とそそくさと片付けを始めるわたし。
余裕そうに言ってるようで、余裕なんてこれっぽっちもないのである。

いまいちちょっぴり確信が持てないだけはあって。ベツに嬉しくないという言葉をそのまま受け取りそうな自分と、嘘だろうなって思う自分がいて。

これだから、親友止まりなんだろう。
お互いどうしようもなく臆病なせいだ。

何か変わればいいのにな。そう思った日の放課後に、事態は思わぬ形で動くことになる。



榛名ってば、本当に告白されてオッケーを出してしまったのだ。






「お、おめでとう」

結構いっぱいいっぱいだった。
もうその言葉をひねり出すだけで精一杯で、喉の奥がずっと詰まってるみたいで、心臓がバクンバクンうるさいし、頭の中は真っ白で。

電話で報告してくれて助かった。面と向かって言われていたら、リカバリー不可能なくらい取り乱してしまっていたかもしれない。なんて、そんな可愛げがあったらうまくいってた気もするから、多分わたしは面と向かって言われていたところでうまいことごまかしていただろう。

「じゃあ、明日からお昼はべつかな」

『まあ、今日の話ではそうだったな。オマエがそれでいいならそれでいいケド』

「わたしより、彼女さんの意向に沿うべきでしょ。彼女さんがダメって言うならわたしがお昼一緒に食べたいって言ったところで」

『オレの意向としてはそうは思わねえっつーか』

「そこであんたの意向がくるのか」

『告白されて付き合っただけの彼女より、オマエの気持ちの方が優先すべきだと思ってる』

そんなこと言うなら別れてくれ。そんな言葉が頭をよぎる。

告白されて付き合っただけなら別れてほしい。大事にできないような彼女なら、わたしの一存で優先できなくなる彼女なら、わたしは祝福できない。

榛名が好きで好きでたまらないと思ってる子ならきっとわたしは、きっと今より凄く辛くてしんどくて、その子を呪いたくなるかもしれないけどそれでも祝福してあげられる。

でも、わたしより大事にできない相手なんて付き合わないでほしい。

「それはあの子に失礼じゃん」

『でも、オマエをナイガシロ? にするのはオレは違うと思うからしかたねーだろ』

「蔑ろにされるなんて全く思ってないよ。榛名にとって一番大事な友達って、なんとなくわたしなんだろなって思ってるし。秋丸くんは家族みたいな別枠なんだろうけど、それを除くとわたしのこと本当に大事にしてくれてるの、わたしはわかってるし。だから榛名が彼女ができて、わたしをどう扱っても、それを蔑ろにされてるとは思わない」

でもね。と、わたしは続ける。
言うつもりなんてなかった言葉を

「思わないけど、彼女とは別れてほしいな」

榛名のためなんかじゃない。
好きでもない子と付き合うなんて榛名が不幸になるなんて言うつもりなんてない。
そこから始まる恋だってあっていいと思う。
わたしよりいつか大事にできる日が来るかもしれない。
でも。

そんな始まり方じゃ、わたしが榛名を諦めるのに時間がかかり過ぎてしまうからやめてほしかった。

『反対すんの初めてだな』

「あんたが付き合うまでしたの初めてだから仕方ないよね」

『そんなら付き合う前に止めろよ』

「ごもっともだわ。ごめん忘れて」

少しの間。忘れるかどうか考えているのだろうか。

『まあ、ホント付き合ってねーンだけど』

「………………は?」

『つーか、ホントはそもそも……いややっぱなんでもねー』

「いやいや、そこは話しなさいよ。こっちがどんな気持ちで……」

『どんな気持ちだったんだよ』

「それは、その……」

『まあいいや、こう言ったら少しは素直になってくれるンじゃねーかってアイツが言ってたから言ってみたンだよ。まあ効果は半分くらいっつーとこだったけどな』

「つまりどういうこと」

『最近仲良くしてたのはあいつがある種の相談で女子にやけに信頼されてる奴だったからです。話しかけたのはオレからです』

「だよね! やっぱり向こうからじゃないじゃん! だから珍しいなって思ってお昼話題に出したの!」

『やっぱりってオマエ……ほんと目敏いっつーか……やけにオレのこと詳しいよな。で、そんならある種の相談っつーのもなんとなくわかンだろ』

「いや、それはマジでわかんないけどね! 女の子に信頼される相談内容ってなんだろ。生理痛の対処法……?」

『それオレが相談してたら気持ちわりーだろ!』

「男の子も相談できるけど女の子の方が相談しそうな内容……化粧とか?」

『喧嘩売られてる気がしてきた』

「真面目に考えてるんだけど、え、もしかして恋愛相談?」

『なんでもしかしてなんだよ。それしかねーだろこの流れだと』

「で、相談乗ってもらったんだよね。どうだったの?」

と、聞いたタイミングで全て繋がった。
わたしテンパりすぎだろ。つまりそういうことじゃないか。
お昼から今の今までの一連の流れ。珍しいと感じるわけだ。

だって榛名が考えたことじゃないんだから。

『それ聞くか?』

「いや、察した」

『で、察したならどうなんだよ』

「それこそ察しなさいよ」

『女子ってアレだよな。大事なことは言葉にしてほしいだのいうくせに、自分らはすげえ察しろ察しろ言うよな』

「喧嘩を売られていることを察した」

『なるほど、ポンコツだな』

「今すごい、きーーー!ってなってる。なんなのもう」

電話の向こうからため息が聞こえた。
ちょっとビビる。ため息って呆れられてる気がして怖くなってしまう。

しかし、次にスマホから聞こえてきた声はとても優しい色をしていた。

『まあ、だから明日から、昼飯は秋丸抜きな』

「えっ、急にハブるの? 酷くない?」

『むしろあの空間が辛いってずっと言われてたンだっつの』

「マジかよ。悪いことしちゃってたな」

『まあつっても、オマエがどうしても秋丸呼びたいなら呼んでもいいけどな。オマエが言うには、その手のことは彼女の意向に従った方がいいみてーだし』

「……じゃあ二人がいいです」

『素直でよろしい。ンじゃまた明日な』

いつの間にか、心臓の嫌な心拍の速さが、心地いいものに変わっていて。

緊張も、なんだか別のものにすり替わっていて。

電話が切れた寂しさすら、なんだか嬉しくなってしまったりして。

「なるほどね、女子に信頼されてるわけだ」

例のあの子の手腕は、確かに見事かもしれない。





2019/03/24
榛名にフラれてしまう嫌な夢を見たので書きました
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