マリッジブルーは彼のもの
オレの好きな人はクソみたいな女だ
一番大事なのは君だよなんて言うくせに、人がもたもた学生をしてる間に結婚。しかも結婚理由が、いざという時にオレを助けられる財力を手に入れるにはある程度お金のある旦那を捕まえるしかなかったとのこと。
相手には、指一本でも性的な意味で身体に触れたら離婚するという条件を叩きつけ、契約書まで書かせ、万が一の離婚時には財産分与をするとかなんとか。
その条件を飲む側も飲む側だとは思うが、なんというか、オレ的には一切嬉しくない契約である。
それならオレがプロになるのをおとなしく待っててくれればいいだろうと思うのだが、歳の差が歳の差だし、君がわたしに愛想を尽かさないとも限らないから保険も必要でしょ。なんてニコニコ笑いながら言うのだからタチが悪い。
そいつに愛想尽かされたら? と聞いてみれば、しばらく生活できるだけお金もらえたらあとは頑張れるよ。なんてふわふわしたことを言うので、しっかり考えてるのかもわかりゃしない話なわけで。
「で、会っててもいいンスか、新婚さんが」
「会ったらダメなんて言う面倒な人とそんな面倒な契約できるわけないじゃない。そもそも榛名とわたしはお付き合いもしてない、お互いを一番大事にしてるただの友人でしょ? 友達と会ったらダメなんて束縛が過ぎる夫最低じゃないの」
まあ間違ってない。この人は好きでもない旦那さんどころか、一番大事を公言しているオレにですら身体を許していないわけで。
そもそも恋ができる人じゃないのだ。人類の上にいるというか。人間は可愛いとは思うし、オレのことは一番大事だけれど、種族が違うから恋愛なんてできないでしょ。とでも言いそうというか。
「昼間に喫茶店で二人でお茶してることが不倫だなんてそんなわけないし、榛名ったらおかしな子ね」
「世界一頭がおかしそうなアンタにだけは言われたくねーよ」
「世界一は言い過ぎだわ。榛名が知る人間の中で一番ならわかるけども」
恋人がいたことはあるはずだ。そんな話を聞いて嫌な気持ちになったこともある。
しかし彼女は、それでも綺麗なままというか、汚れすぎててこれ以上どうにもならないというか。
卑怯に拍車がかかって、どうしようもないというか。
「で、今日はどんな話を聞かせてくれるのかしら。最近の若い子がどんなことしてるのかが気になるわ。君の場合野球ばっかりかもしれないけど、それもそれで楽しいから」
「と言いつつ、なんか愚痴りたいことでもあるんでしょう」
「流石はわたしの榛名だわ。なんでもわかっちゃうのね」
ふふ。と彼女は嗤うと、いや、絵面的には微笑うが当てはまるのだろうが、中身の凶悪さを考えるとこの字以外では表現ができないというか。まあそれは置いておくにせよ。
わたしの。なんていうくせに。オレのにはなってくれないわけで。
「君とね、この喫茶店で話してるだけでも思い出してムカつく男がいるのよ」
「その人のこと毎回話してません?」
「あら、そうだったかしら。三百回死んでくれても多分腹立たしいままだと思うんだけど、なんなのかしらねこれ」
「いやまあ、それだけその人のこと嫌いなんでしょうね」
と言っておく。いや、その人はこの人のもう一人のお気に入り"だった"から、オレからしたら、ライバルが勝手に脱落してくれたという気持ちだし、彼女が言うにはお互い一番大事ってわけですらなかったとのことなのでライバルってわけでもないのだろうが。
今回の結婚だって、オレのためとか、自分の老後のためとか言ってるが、俺としてはその人に裏切られて自棄になった結果なんじゃないかなどと思っていたりするわけだが。だからといって「なんなのか」を「その人のこと大事にしてた分傷付いてるんだろう」なんていったら負けを認めてるようで。本当の一番が自分じゃなかったことを認めるようで。とてもじゃないが口にできない。
最近彼女がよくオレを誘うのだって、その人と一緒に行った場所をオレとの思い出で上書きしたいとかなんとからしく。
それを旦那さんにお願いできないのは、やはり何か複雑な気持ちがあるからなんじゃないだろうか。
結婚相手でもなく、一番でもないオレになってしまうのは怖いので、なるべく考えないようにはしているが。
「本当、物凄く嫌いだから、あの男が同じゲームして遊んでるだけで反吐がでるし、早く引退してくれないかしら」
「それ前回も言ってましたけどね、結局自分がやめるって言ってませんでしたっけ」
「嫌いな奴のために自分が我慢するのってどうかと思うのよね」
「まあわからなくはありませんけど」
気にするだけ無駄なことは、彼女だって本当はわかってるのだ。
でも多分、気にしないようにしても傷が痛むから口に出してしまうんだろう。
だから気にしなければいいのでは。とはなるべく口にしないようにしているのだが。
「まあいいわ。あの男の話はここまでにしましょう」
「今日は短いっスね」
「ふふ、榛名が変わらない反応をくれるから短くて済むのよ。君は本当に聞き上手ね」
「そんなこと言われンの、初めてっすけどね」
「わたしにとっては、だけどね」
そう言って彼女はまた微笑む。
その笑みが凶悪だとはわかっていても、オレはその微笑みが何に対する微笑みなのかもわからないままである。
聞き上手がなんのことなのか、変わらない反応とはなんのことなのか、彼女が本当にその男のことを嫌いなのか、全て知らないまま、今日も時間が過ぎていく。
場所を変えるごとにその男のことを思い出しては愚痴る彼女の真意を今日も一日理解できないまま、散々に傷付けられて。嫉妬心を燃やして。
「本当、榛名ってば、全部顔に出ておかしいんだから」
彼女がそう呟いて、いつものように嗤ったことをオレはずっと知らないままだ。
2018/12/27
妬かせるためだけに他の人と仲良くしたり結婚したりするタチの悪い女を好きになっちゃった榛名の話