円周率、およそ3(榛名大学生設定)


"アイツ"に対する不満は、付き合い始めてから何度も聞いた。

いや、付き合う前からだって、何度も聞いていた気がする。

"アイツ"はお前に懐いてるようだけど、あまり深入りしないほうがいい。とか。"アイツ"はどっかおかしいから、仲良くすると同類に見られるぞ。とか。

そんなことを遠回しに言われていた気がするし、しない気もする。どちらかというと、なんでそんなに"アイツ"に構うんだよ。と言われていたような気もする。

オレとしては、彼女に構ってやっていたつもりはなかったのだけれど。

実際、オレから見ても、オレの彼女は人格破綻者だ。社会不適合者で、柔らかく言えば変人というやつである。

野球のために、平和に過ごしたいオレとしては、彼女は人生において避けるべき人間の筆頭であったし、だから構っているつもりはなかった。別に好んで絡んでいたわけでもないし、アイツから懐かれた覚えもない。きっとアイツだって、オレに懐いたつもりはないと言うだろう。

アイツには、変人である自覚もあって。それでもなんとか、騙し騙し、やっとのことで生きていた。あいつの生き方自体壊しかねない、オレといることを選ぶわけがないのだ。

彼女は悪目立ちはしていたけれど。目立ちたがりでなかったといえば嘘になるくらい、目立ちたがり屋であったけれど。

だからこそ、自分を霞ませかねないような、オレみたいなヤツを避けていた節があったからだ。

アイツは一人で目立ちたがっていた。目立ちたがらなくても目立っていたのだけれど、少なくとも、目立つ人間のそばで、おこぼれに預かろうとするようなやつではなかったわけだ。

それは単純に、友達が多いタイプが苦手。という風にも見えたわけだが。そんなわけで少なくとも、オレはアイツに懐かれている自覚はなかったし、アイツも、オレに懐いてる自覚は、高校の時点ではなかっただろう。

で、オレは進学して、アイツは社会人になった。

騙し騙し生きているアイツが正社員なんて普通なものになれるわけがなく、いろんな職を転々としているようだった。

直接の連絡手段がないこともなかったわけだが、お互いがお互いを避けてきたといっても過言ではないと"思っていた"わけだったし。その頃のオレとアイツの関わり方といえば、人伝の噂だけだった。

しかしまあ、共通の友人がいれば、遊ぶ機会もあるというもので。二十歳を過ぎた頃、友達に飲みに誘われ、行ってみればそこには彼女もいた。

相変わらず頭はおかしいままのようだったけれど。相変わらず顔は整っていた。

とびきりの美人。というわけではないが、不細工だといえば、嘘つき呼ばわりされることは間違いない程度の、そんな美人だった。

長い睫毛。ぱっちりとした二重に、大きい瞳。色白というほどではないが、綺麗な肌。小さな顔。

変わらねーな。と、空いていた隣に腰を下ろしつつ、声を掛ければ、そっちもね。と返された。相変わらずの距離感である。

で、飲み会が終わった後。久々に友達に、本当お前アイツに絡むよなあ。と言われた。

会話は少なかったと思うのだが、周りにはそうは映らなかったようである。

というか、ここまでくると、アイツという、いわく付き物件を、どうにかこうにかオレに押し付けようとしているんじゃないかと、そんな風にも思えてくるのだが、そいつとしてはそんな気はなかったようで。

中身に拍車かかってるから、見た目以外はおすすめしねーよ? 見た目だって歳とりゃみんなただのババアだしな。と続ける。

この時はおすすめされたって、そんな気にはならないと。オレだってそう思っていたのだ。

だがしかし、転機は訪れる。

発端はこうだ。共通の友人がライングループを作り、彼女もオレもそれに参加した。そこで映画に行く話が持ち上がった。で、行ける人が彼女とオレ以外いなくなってしまったのだ。

事故みたいなもんだった。きっとお互いそう思ったに違いない。

あんまり一緒にいたくない相手と映画である。

それなら行くなという話だが、彼女はどうしたって、一人でだっていってたであろうくらい、その映画に入れ込んでいたし、オレもそれなりに楽しみにしていたのだ。

当日になってドタキャンされて、集合してから、じゃあ今回はやめとこう。で済むような話ではなかった。

なんて、いろいろ並べてはみたのだが、第三者からみれば、飲み会のときに隣に座ったのだって、その日二人で映画をみることにしたのだって、その後の結果に持っていくためにしか見えないだろうし、オレも、今となってはそうなんだろうと思う。

まあ、彼女に至っては、嫌いなヤツとだろうと映画くらい行くかもしれないが、飲み会で嫌いなヤツが隣に座れば、サラッと席替えするくらいのことはやるヤツだとは思うので、やっぱり彼女だってそういうことだったんだとは思う。

いつからかは定かではないが、必然だったんじゃないかとは思える程度に、確かにお互いそんな風にしていた。



「でも、実際その彼女、褒められた女じゃないんだよね? なんで付き合ってるの?」



そう聞かれれば、告白されたから。としか返しようがない。

事実である。

映画を観に行ったしばらく後。彼女から、チケット代返すの忘れた。いつ空いてる? と、連絡があった。困るほどの出費ではなかったのだが、本人が返したいと言うのなら仕方ない。と、空いている日に会うことになった。

二人で会うのは高校からあわせても通算二回目である。

待ち合わせた場所に行ってみれば、相変わらず美人だが、化粧っ気のない顔で待っていた。

男と待ち合わせしてるようには見えない。というか、格好も可愛げのないTシャツにパーカーにジーパン。彼女はどちらかと言えば中性的な美人だったので、下手なイケメンよりかっこいいんじゃないかという有様だった。映画の時は、女子も来る予定だったからなのか、もう少し女らしい格好をしていた気がするが。

そして、待ち合わせ場所でお金を返してもらった後。

時間あるなら、ご飯でも一緒にどう? 利息として奢るよ。社会人だからね。お金には余裕あるんだよ。

と、わりと寂しがり屋な彼女はそう言った。

そしてオレは、その誘いを断る理由もなかったので、飯だけ一緒に行くことにした。

映画は本当に、見て帰るだけだったので。だからこそ、お金を返してもらうのを忘れたわけだが。そうやって二人で話すのは、初めてだったかもしれない。

「榛名はいいね」

「あ? なにがだよ?」

「正確には、榛名と村上だね。二人ともいい感じに私に興味ない」

ファミレスで、注文した品を待っているときに、そんな話をされた。

「村上はね、私のことは女だとは思うけど、そういう対象には見れないと言ってた。すごくいいと思った」

「他の奴は?」

「石崎は、私の中身なんて糞だと思ってるくせに、見た目だけでデートに誘ってきたし、あれは最悪だね。松川は、私のことよくわからず好きになってるっぽかったから釘さしたら気まずそうにしてた。めんどくさい」

知らない間にそんなことになっていたとは。だからあいつら映画こなかったんじゃねーの? と、少し思った。

ただまあ、確かに、思い返してみれば、オレになんやかんや、本気でコイツのおかしさを説いてくるのは村上だけだった気もする。

あと女子。

「私なんかに惚れてくれる人がいることを本当は喜ぶべきことなのかもしれない。でもさ、嫌なものは仕方ないし、だから、誰か助けてくんないかなーって思うよ。ラノベ読むと、自称平凡な主人公が頭おかしい個性的な女の子を改心させて助けてたりすんだけど、現実にもあんなんが、いたらいいのにってわりと本気で思うんだよねえ」

私にとっては、ああいうやつらのが、少女漫画のヒーローよりよっぽど英雄だよ。

と、自嘲気味に笑う彼女。

「読まねーし、わかんねーけど。以外と助けてくれるヤツなんて、近くにいるもんじゃねーの?」

無責任なこと言ってんなあ。と、自分でも思った。

オレは、そんなことをいいつつも、自分が助けてやる気なんてさらさらなかったからだ。

他の誰かが、助けてやればいいんだと、その時は確かにそう思っていた。

「いないよ。これからだってきっと現れないよ」

「珍しく直球にネガティブなこと言ってっけど。なんでそう思うわけ?」

「ラノベの主人公だって、結局頭がおかしいからだよ。同じくらい頭おかしいヤツじゃなきゃ、頭がおかしいやつは助けらんないし、今んとこ、私みたいな意味で頭おかしいやつは、みたことないからね。で、大人になるにつれ、きっとまともな人も多くなるでしょ? そりゃ、"頭のおかしい上司"とかの話はきくけど、そういう頭のおかしさじゃないもの。私が求めてるのは」

「そうかもしンねーけど。頭おかしくなくてもお前のこと救えるヤツはいるかもしれねーし、オマエが気付いてないだけで、頭がおかしいヤツなんて、すぐ近くにいンのかもしれねーだろ」

「そうだね。もしかしたら榛名だって、頭おかしいかもしれないしね」

でも、助けてはくれないでしょ?

と、あからさまに助けて欲しそうに彼女は言ったたのだった。

頭がおかしいヤツがいたって、助けてくれなければ意味ない。と。

頭のおかしくない、彼女を救えるヤツが、救ってくれようとするかはわからないのだ。

彼女の身近にいる、実は頭のおかしいヤツが、彼女を助けてやりたいと思うかは、別の話なのである。

「いい感じに脇役人生なのかも。波風立たなくて、素晴らしいけど」

でも。と彼女は続ける。

「助けてくれる人がいるなら、助けて欲しいな。なんで榛名にこんなこと話してるかわからないんだけど」

色々限界だったんだろう。と、今としては思う。この後、また彼女は仕事を辞めたらしいし、騙し騙しやっていくのにも、疲れていた頃なんだろう。

確かに、高校のときよりは酷くなっているように感じた。

まだ、高校のときは、彼女も、自分に対する好意をまっすぐ受け止めていた気がする。彼氏もいた記憶がある。

彼女は学習能力はあるけれど、失敗するとより酷くなるようだった。

「好きな人でも、ちゃんと出来たらいいんだけどな。どうやって作ればいいんだろ」

本気で呟いてるのが、とても滑稽に感じたのを覚えている。

多分、この時に、オレに対する彼女からの好意に気付いたからだと思う。

そして、その半年後くらいに、オレは彼女に告白されたのだった。



「私、榛名のこと好きらしいんだよね」

今更気付いたのか。という感想。あれから何度か会っていたし、その度にオレは彼女からの好意を感じたものだが、彼女の言い方からして、気がついたのは本当に最近のことのようだ。

「職場の人に、多分それは好きなんだろうって言われて。ああ、そうかもって」

「軽いな」

「普通の人だと、そんな感じなのかなあって。違った?」

「どうだろうな。女の普通はわかンねーし」

「で、どう? 見た目だけなら、自分で言うのもなんだけど、結構優良物件」

で、中身がいわく付き。かよ。と、オレは心の中でひとりごちた。

そして、向かい側に座る彼女は、まるで物件紹介のように、自分をアピールしてくる。

「とりあえず私、榛名になら何されてもいいかもって程度に好きみたいだし、キスされて口を拭くことはないわ」

「オマエ、最低だとは思ってたけど、それマジでやったことあるわけじゃ……」

「あるのよねえ。あれは反射的なものだから仕方なかったわ。よだれきったねって思ったの」

「反射的なことならオレにもやるだろ」

「それはしないと誓う。あ、あとキスの後に口もゆすがない」

「え、そんなことまでしてたわけ? オマエ」

「中学生のときのことよ。初めてのディープキスならゆすぐひともいるんじゃない?」

彼女以外からきけば、中古物件的な物言いだったが、彼女の口からきくものだと、ある意味処女性の主張にも聞こえる。

まあ、オレは処女厨ではないので、気にすることではないかもしれないが。

そもそも、コイツは案外サラッと、セックスくらいしてるかもしれない。

「それと、榛名とならラブホテルに行ってから、ヤるかヤらないかどっちでもいいですよ。みたいな顔しない」

「……行ったのか」

「でも、どっちでもいいですよ。みたいな顔してたら手を出してもらえなかった」

「残念がってんのか? それ」

「私の頭のおかしさは、結婚する相手に処女を捧げたい、お堅い貞操観念によるものなのではないかと思っていた時期があったから、捨てちゃえば普通になれるかも。と思ってたし、その時は残念だったかもね。でも、今となっては、捨てなくて良かったかもって感じ」

"嘘じゃねーンだろうな。嘘ならそんな話しする意味ねーし。"

と、そう思った。

そして、"処女の相手はめんどくさいって言うよな。"なんて考えてしまってる時点で、返事は決まってしまったようなものだった。

「じゃあ、付き合うか」

「え、いいの?」

「オマエが言ってくンなら、勝算あったンだろ?」

「あっても負けること多いから、ちょっとびっくりした」

オレが、自分で彼女を助けたいと思いはじめていたのは、確かに事実だったし。仕方のない選択だったと思う。

その三ヶ月くらい前。新しい仕事の決まった彼女にあったとき、彼女が少し首を傾げてこう言ったのだ。

おかしいな。榛名なんかおかしい。と。

オマエにだけは言われたくねーよ。と思ったが、多分、自分に対しての、彼女からの好意を感じ取ってしまった為に、彼女が恋愛対象外から、恋愛対象内に変わってしまっていたからだと思う。

恋をしたわけではないだろうが、見方が変わるだけで態度も変わっただろう。

彼女におかしいと言われて自覚して、それなら助けてやりたいな。とは思っていたのだ。

告白されれば、そりゃ。付き合うだろう。


と、ここまでが、彼女と付き合うまでの流れだ。

説明を求められた、大筋の流れである。



「どんだけきいても、やっぱり、私の方が楽だよーって言いたくなるんだけどな。今日だってその彼女、一人で出掛けちゃったんでしょう? せっかく榛名くん、今日空いてるのにさ」

喫茶店で、正面に座る彼女は、学校での女友達である。

オレは今、彼女に告白されて、断っていた。

断るなら、どんな人と付き合ってるか、いつからなのか教えて。と言われて、律儀に話していたわけだ。

「まあ、それもいつものことだしな。オレがアイツの為に予定あけないのと同じで、アイツもオレの為に予定あけないだけだろ」

「彼女ならあけるよぉ。私なら絶対あけるもん。彼女、本当は榛名くんのこと好きじゃないんじゃない?」

なんでコイツにこんなに長々とそんな話をしたかって言えば、第三者からみたらどう思われるのかというところに興味があっただけだった。

人選は誤ったかもしれない。

別れさせたい前提で話してくる女友達の話は、参考になることはなさそうだった。

そして、"さて、どうやってきりあげて帰るかな。"と、考えを巡らせ始めたとき、タイミングよく携帯が鳴った。

掛かってきた電話の相手に勧められたその機種は、安いだけで使い勝手が結構悪い。

電話とメールとラインができればいい。という、オレのリクエストにはばっちりこたえている、そんな代物である。

「もしもし。なんでラインじゃねーンだよ?」

『ラインの返事がなかったから電話したのー。今から帰るけどお土産いるー?』

「は? くんの?」

『うん。寄るつもりだけど。もしかして出掛けてた?』

「いや、家にいっけど」

咄嗟な嘘である。異性と出掛けているのを隠すためではなく、出掛けているといったら、彼女がこないと言うかもしれない。そう思ってのことだった。

『そう。お土産はどうする?』

「食い物」

『オッケー。買ってくわ。じゃあお家で大人しく待っててね』

と、そんな感じで電話は切れた。

ラインだったらもう少し長話しただろう。通話料をきっちり考えているに違いない。

「アイツが、オレのこと好きじゃねーなら、こんな風にわざわざ電話してこねーよ。アイツ、少なくともマメなやつではねーし」

「浮気とか考えないの? 彼女、本当に一人で出掛けてるの? 男といて、後ろめたいから電話とかしてきたのかもよ?」

「浮気出来るくらい器用なヤツなら、オレに助けなんて求めねーだろ」

それこそ、オレが、女友達呼び出されて、こうやって一緒にいる方が、よっぽど浮気染みているというものだ。

お家で大人しく。と言った彼女のことだ、案外、今の状況をなんとなく看破しているのかもしれない。

「ああそう。信用してるのねぇ。あー、うーん。ここまで話してみて榛名くんには、何を言っても届かないんだろうな、とは思うんだけど、それなら最後に一個聞いてもいい?」

「なんだよ?」

「なんで付き合ってるの? つまり、彼女のどこが好きなの? 答えになってない答えしか、貰えてないんだけど。告白されたから。って。そんなことが知りたいわけじゃ、ないんだよ」

「それがわかってたら、こんな風には付き合ってねーだろうな」

オレのその返事に納得したのか、しないのか、女友達は、そう。とため息をついて、伝票を持った。

「時間取らせたわけだし、奢ってあげる。彼女さんと末永くお幸せにね」

そう言って席を立った彼女も、それなりに頭がおかしいヤツだということくらい、オレにはわかっていて。

それでもまあ、オレみたいなちっぽけなヤツが助けることが出来る相手なんて、一人ぐらいなものなのだ。無理は出来ない。その一人だって、本当に助けられているのかは怪しいくらいなのだから。



2015/10/14
女運がよろしくない榛名。
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