安物言葉


オレの彼女はそれなりに可愛い。アイドルみたいに飛び切り可愛いわけではないが、寧ろ、可愛いと思うより、可愛くねーと思う方が多いくらいだが、それでもまあ、可愛い。本人に言ったら怒るので言わないけれど、オレからしたら、可愛くないところすら可愛いわけである。

「それにしても、C組の金本さん可愛いよねえ」

「自分が言われんの嫌いなのに、人には言うよな、オマエ」

「可愛いって、目下の者に使う言葉らしいからね。子供とか動物とか」

「だとしたらオマエ上から過ぎねえ?」

「ふふふ、榛名も可愛い可愛い。よしよし」

頭を撫でられた。目下だと思ってるわけかこの野郎。と、撫でてくる手を掴んで止めれば、いやー、ごめんごめん。と、悪気のなさそうなトーンで謝ってくる。

「でもさ、好きな人に可愛いって言うのは、相手を目下だということにして、自分の支配下に置きたい独占欲からきているのではないかと思うのよね。つまり愛だよ」

「テキトーなこと言ってンだろ」

「バレたか。まあでも。あながち間違ってもいないんじゃない?」

「ンなこと言っても、オマエは言われるのは嫌なんだろ?」

「バカにされてる気持ちになるしね。今まで付き合った彼氏なんて、みーんな、言わないでって言うのに可愛い可愛いとバカの一つ覚えのごとく言ってきてたし。今更言われて嬉しい言葉ではないんだよ。そして、ここまで頑張ってくれたのは榛名が初めてだ。ありがとう」

告白したときに言われたのは、いいよ。付き合ってあげる。でも私に可愛いって言ったらその時点で終わりだから。だった。

可愛いなんて恥ずかしいこと、そんな簡単に言いたくならねーだろ。なんてタカをくくっていたわけだが、これが結構難しいもので、彼女がデートの時におしゃれをしていれば可愛いと言いたくなるし、友達ではなく彼女だと思えば、割と簡単にその言葉を口にしそうになってしまう。

彼女の仕草一つ、行動一つ一つが、オレにとっては可愛いわけである。

それはまあ、支配下におきたくなって、独占したいくらいに。

「そもそもさ、嫌って言うことする人なんて、好きになれないじゃない? 腹たつだけというか」

「つーか、好きでもないやつに可愛いって褒められても、あんま嬉しくないだけなんじゃねーの? オマエの場合」

「ん? あー……そうかもかもしれぬ。驚きの着眼点だよ。さすが榛名」

「素直だな」

「いや、確かに、考えてみればそうかもしれないんだよね。だって私、今榛名に可愛いって言われても、別れる気なんて起きないかもって」

不意打ちで可愛い事を言われて、咄嗟に可愛いと言ってしまいそうになったが、すんでのところで思いとどまった。

「それでも言ったら別れンだろ?」

「じゃあ言ってみる?」

「いや、やめとく」

「私ね、たまに思うんだよ。榛名が私に可愛いって言わないのは、可愛いなんて思ったことがないからなんじゃないかとか」

「ンなことねーよ」

「思ったことあるのか。バカにしやがって」

「メンドクセーやつだな、おい」

「はいはいっと、あ、うっかりしてたよ。榛名今日誕生日なんだろ? これあげる」

「なんで知ってンだよ?」

「秋丸くんからメールがありまして。寧ろなんで教えてくれなかったの?」

「ベツに」

「言っといて忘れられたら辛いとか思ったんだろ? ばかわいいな、榛名は。ていうか受けとれよ」

差し出された可愛らしい袋を受け取れば、彼女は、期待した目でこちらを見つめてくる。

早く開けろということか。と、袋を開けてみれば、中からはスポーツタオルが出てきた。結構オレ好みのデザインである。

「どうよ」

「サンキュー」

「結構好きな感じ?」

「おお」

「そっか。よかった」

彼女は、心から安心したように言うと、誤魔化すように、それにしても最近暑いねえ。と話題を変える。

誕生日プレゼント一つ渡すだけで、なんやかんや緊張しまくる彼女はやはり可愛いのだけれど。万が一のことを考えると、やはりオレにはそんなこと言えないわけで。

まあ、寧ろ言わなくてもいいってのは楽かもしれない。可愛い? と聞いてくる彼女なんて、この面倒くさい彼女より面倒くさいような気がする。

「あとそれから、話が戻るけどさ私が思うに。榛名は可愛いって言っていいよって言っても言わないよね」

「はあ? なんでだよ?」

「自分では我慢してる。本当は言いたい。とか思ってても、間違いなく、榛名はそんなの簡単には言えないからね。違うならほら、言ってみなよ。フらないからさ」

「言わねーよ。言えって言われて言うもんじゃねーだろ」

「じゃあ、可愛いって思ったら言ってくれて構わないから、次に可愛いって思ったら言ってね」

確実に言えないだろうと人を見下している目をして、彼女はそういうと、教室に先生が入ってきたことを確認し、じゃあ席戻るねー。と、自分の席へと帰っていった。

そんな彼女を見送りながら、言ったらダメって言われると言いたくなるけど、言っていいと言われたら言いたくなくなるだけだっつの。と、オレは心の中で言い訳しつつ、授業の準備をする。

しかしまあ、バカにされるのはムカつくので、とりあえず次にあいつが席にきたら可愛いって言ってみるか。とは思ったが、そういや、他の奴らは、彼女にどんなタイミングで可愛いなんて言っているのだろう。

いきなり言うのって唐突じゃねーの? あいつは今までの彼氏に、どんなタイミングで言われたのだろうか。考えれば考えるほど、想像すれば想像するほど腹がたつわけで。

そんなことを授業中、丸っと時間を費やして考え込んでいるオレのことを、彼女が、可愛いなあ。なんて思いながら見つめていることに、オレは気がつかないのだった。




2015/05/24
榛名って可愛いよねって話。誕生日おめでとう大好きです。
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