小指結び


豆大福を食べながら、豆が邪魔だなあ。なんて呟くやつがオレの友達にいる。

「なんで豆大福にしたんだよ」

「半額だったから」

「そうか」

「でも失敗した感がある」

「豆嫌いなわけ?」

「いや、嫌いじゃないのだけれど、私は豆大福が嫌いだったようだ」



そして、彼女は、同じようなノリで、男をフるようなやつだった。

男は嫌いではないが、そいつのことは嫌いだったようだ。とか、そんな話をしょっちゅうきいた。

相手の男は可哀想で、かといって、嫌いなやつと付き合い続けろというわけにもいかないので、オレはそんな彼女の話を、半分に分割して聞き流しまくった。結果。

いい加減、男嫌いなのを認めりゃいいのに。と、思っていた矢先に。彼女がちゃんと好きな男をつくり。

そして、つい先ほど、その男にフられたらしかった。




「それにしても泣かねーな」

そんなオレの反応に対して、奢ると言ってファミレスに呼び出してまでわざわざ結果報告をした彼女は「まあ、泣くほど入れ込む私じゃないよ。出来たら感動でしか泣きたくないしね。自分を慰める涙は嫌いなんだ」と、淡々と返事をした。

無理しているようには見えないが、それは彼女が、自分すら騙しているからなんだろう。

いつだったか彼女が言っていたが、女という生き物は総じてそういうものらしく、彼女らの嘘は、彼女達の中では真実なようで、だから、男は簡単に騙されるわけで。

「んー、なんていうか、私はこういうところが可愛くないんだろうね」

「まあな」

「いやあ、テンプレ女にはなりたくないが、やはり男はテンプレ女が好きなのだろうか」

「お前にはテンプレに見えてるかもしれねーけど、そんなテンプレばっかじゃねーよ」

「知ってる。こういうこと言うところも、人に嫌われる原因なんだって、それも私は知っている」

僅かに笑みを浮かべながら彼女は言った。気怠げに頬杖をするその腕は、守ってやらなきゃ折れてしまいそうなほどか弱く見えるのに、彼女は助けを必要としていない。

彼女には、きっと周りがバカに見えていて、でもまあ、オレからみたら、彼女だってバカで。

なにせ、考えなしに豆大福買ってきて後悔するやつだし。考えなしに男と付き合って後悔して、考えなしに告白して後悔するやつだ。

しかも、全部、考えなしのフリというところが、質も悪くて性格も悪い。

考えて買ってきて、期待外れだったから誤魔化して、考えて付き合って、うまくいかなくて誤魔化して、考えて告白して、フられたから誤魔化すバカなやつに、彼女の言うテンプレ女だって、バカにはされたくないだろう。

「オマエは急ぎすぎなんだよ。わかってねーのにわかってるフリするし。誰もオマエにそんな期待してねーっつの」

「みんながみんな榛名みたいに私をわかってるわけじゃないんだよ」

「オレだってオマエなんかわかってねーよ」

「知ってる」

また知ったかぶりだ。

オレはこいつのことなんてなにもわかってないけれど。彼女が知ったかぶるタイミングはわかる。

「でもまあ、オマエのことはわからねーけど、嫌いにはならねーから安心しろ」

「ありがたいね」

「おー。感謝しろ」

「感謝感激雨あられだよ全く。榛名がいれば、私は世界中が敵になっても大丈夫かもね」

「世界中が敵になっても、オレはオマエの味方じゃなきゃいけねーのかよ」

「榛名が敵でも、榛名がそこにいるなら、私はなんでもいいよ。敵でも、嫌いにさえなってなければ、私はそれで十分だから、榛名は安心して私を討ち取ってくれ」

「なんでオレがやるんだよ」

「そしたらきっと榛名はヒーローだ」

「いや、だからなんでオレがやんなきゃなんねーンだよ」

「野球以外でヒーローインタビューされちゃうね」

「絶対めんどくせーだろそれ」

「榛名以外には殺されたくないなあ、今のところは。まあ、人間あっさり死んじゃうんだろけどさ。死に方選べるなら、榛名に殺されたいね」

「なんでだよ」

「そりゃ、自分のこと嫌いなやつより、自分のこと嫌いじゃないやつに殺される方が幸せな気がするからだよ。現状、私を嫌いじゃないクラスメイトなんて、榛名くらいのもんだろ」

「いや、クラスメイト以外の奴なら、オマエのこと嫌いじゃないやつくらいいるだろわオマエの世界狭すぎねぇ?」

「学校というのは社会の縮図だよ、榛名。学校でこれだけ嫌われる私が、社会に出て嫌われないわけがないよ。私は大学にはいかないからあと二年経てば社会人。それまでに自分がいい子になれるとは思えないさ」

「大体、オマエが嫌われ者なら、今までのオマエの彼氏はなんなんだよ」

「なんなんだろうね。あいつらは。私は、あいつらに好かれてる気なんて全然しなかったよ」

失礼なやつだ。本当に可愛くない。

「私はほら、顔が可愛いから。あいつらは私の顔が好きなだけで、私なんか好きじゃなかっただろうし」

「まあ、性格は可愛くないかもしれねーけど、可愛くないから好きじゃないっつーわけじゃねえだろ」

「あいつらの価値観と榛名の価値観が違うだけ。自分より下等な女なんて生き物は、可愛く無けりゃ存在する意味なんてないと、あの高尚な男って生き物達は思ってるんだよ」

頬杖をついていない方の手で、自分の毛先をくるくるといじる彼女。

その態度は果てしなく偉そうで、ついため息をこぼしてしまう。

「なに、そのため息」

「別に。……なんつーか、オマエをさ」

「ん?」

「オマエンことフッたあいつは、そいつらとなんか違ったわけ」

「違うようには見えたよ。好きだったからかもしれないけど」

「なるほどな。違うから好きになったんじゃねーわけな」

「んー。そのつもりだったんだけど。同じだったかもなあって、ちょっと思えてきてるっていうか」

それは嘘だろう。あえて指摘しないが、自分を誤魔化すためにそんなことを言っているのは丸わかりである。

「つーか、オレだって、他の奴とは違うんだろ」

「ん? あぁ、まあ。そう思ってるけど」

隠しもせずそう言う彼女。

オレの言わんとしてることは、流石にわかっていると思うのだが、そんなことはお首にもださない。

「そンならなんでオレじゃなくあいつなんだよ」

「そりゃ、榛名は、みんなの特別だから、競争率高そうだなって」

そう答えた彼女は、頬杖をやめ、膝の上に手を組み、それを見つめ始める。

オレから目を背ける為だということは明白だった。

「恋愛は競争率関係ねーだろ。つーか、なんだよ、みんなの特別って」

「疲れたくないんだよ。たかが恋愛で」

「フラれて疲れたみたいな顔してるヤツがよく言うじゃねーか」

「榛名を好きになるよりずっと楽だよ」

「オレのが楽に決まってンだろ。オレと付き合えば将来の心配しなくても良くなンだから」

「付き合うまでが大変って言ってんの。ていうか、プロ野球選手の嫁なんて結構大変そうじゃない。よくわかんないけど」

「まあ、そうかもしンねーけど」

付き合うまでが大変だとか、プロ野球選手の嫁は大変だとか。

オレがプロになる前提で話す彼女は、なんだかんだでオレのことが好きな気がする。

彼女は嘘ばかりだが、彼女の言葉は口先だけじゃない。

「千紗子」

「なに。なんで名前で呼んでるの。いつも苗字じゃない」

「結婚を前提にオレと付き合えよ。多分一番楽させてやれっから」

「榛名私のこと好きなの? 可愛くねーとか頻繁に思ってそうなのに?」

「可愛くねーとは思うけど、オマエの言う通り、オレはオマエの元彼共とは価値観が違うンだよ。可愛くなくても好きだ」

というのに、今気がついた。

バカだとか、可愛くねーだとか思いつつも、彼女のオチのない話に付き合うのは、そりゃ、彼女のことが好きだからで、彼女のことをわからないのにわかろうと思うのは、やはり彼女が好きだからで。

好きなヤツにフラれたことをわざわざオレには報告してくれたのが、実は結構嬉しかったようで。

「失恋につけこむ卑怯な男だね。榛名は」

「なんとでもいえ」

「でも、なんかフラれたわりには今日は機嫌がいいから、榛名の作戦に乗ってあげちゃおうかな。わかった。結婚を前提ね」

いつの間にかまた毛先を弄りはじめていた手を止めて、彼女がオレに小指を差し出す。

「約束してよね。結婚。ほら、ゆーびきーりげーんまん」

そして、オレが仕方なく絡めた小指を軽く振って、彼女は子供のように約束を取り付けた。

それは赤い糸なんかより、ずっと信用できる約束かもしれない。




2015/02/03
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