君の価値と僕の意味


「もう、死んじゃってもいいんじゃないかとは、俺も思っているんだけど。だが、それと、死ぬ勇気があるかというのとは、全く話が変わってくるわけだ」

笑顔のよく似合う人だった。

死ぬ勇気はないから、殺してくれないか、と、笑顔で最低なお願いをしてくるような人だった。

「ねえ、なんで死にたがるの」

「決まってるだろう。俺に価値がないからさ」

「なんの価値よ? 生きている価値とでもいうわけ?」

「生きている価値? いやいや、違うね、死ぬ価値だってない。俺にはなんの価値もない。君に殺される価値だってないだろう」

「なにそれ、意味わかんない」



でもね、あなたは、私には、価値のある人だったのよ。



翌日、とあるビルの屋上から飛び降りた彼は、まあ、血塗れで。気持ち悪くて。

私が休みの日は毎朝ここを通るのを知っててわざと死んだんだろうなあ。とか。

勇気はどこから拝借したのかなあとか、そんなことを思った。

「警察、呼ばなくちゃ」

救急車とはとても思えないような状況で、私の夏休みの最後の一日は終わった。

無価値ならしい彼の人生と一緒に、私の中学最後の夏休みは終わった訳である。






「はるなくん。顔は似てるのにね」

中身は全然ね。と、隣の席のクラスメイトに言ってみれば、何も言わずに彼は不審そうな顔でこちらを見るだけだった。

それはそうだろう。私が彼に話しかけるなんてはじめてだったのだから。

高校に入ってから、友達も作らず、クラスの中で陰キャラとして位置づけられている私に、話しかけられたって、返事をする価値もないに違いない。

(ああ、でも、彼と同じ顔の人に、そんなハンノウされるのは辛いなあ。)

なんて、他人事のように思いつつも、私は独り言を続ける。

「でもまあ、同じ顔の人が、同じ性格で、同じような理由で死んじゃったら、それはそれでいやだし、はるなくんがはるなくんで良かったのかもしれない」

はるなくんはこちらを見ない。

「こうやってさ、私ははるなくんに話し掛けて、まあ、無視される程度に価値がなくて、はるなくんからしたら、私が死んでも生きてても価値なんてなくって、でも私は死にたいなんて思わなくて」

ねえ、それなのに。なんであの人は死んだのか。

そんなの、同じ顔だからって、この人が知るわけないんだけど。

口に出して言えなかった言葉が、私に死ねよって言ってくるからって、同じ顔の人に懺悔してもしかたないのにね。

「でもまあ、死にたくないってほど、生きることに熱心にはなれないんだけれど。ねえ、だってはるなくん。私には価値が無いどころか、夢も目標も希望も、今となっては好きなものも好きなひとすらいないんだよ」

とうとう嫌気がさしてきたのか、はるなくんが席をたった。

休み時間はもう終わるのに、今更どこへ行こうというのか。

「どこいくの?」

「平尾だっけ。オマエ」

「お、返事した」

「価値なんて、自分で決めるもんじゃねーと思うけど」






平尾千紗子はクラスメイトだ。隣の席で、静かな奴で、どちらかというと大人しいというより、暗いイメージの。

容姿は悪くないが、いつも死にそうな顔をしているので、それが目立たない。

彼女が学校を休むたびに、とうとう死んだのか。なんて思ってしまうくらい、死にそうな雰囲気で、隣の席だけど一生話すこともないだろうな、と思っていた。

が、今日いきなりそんな彼女に話しかけられたので、オレは困惑したわけである。

内容はよくわからないが、このまま放置したら、次の日には飛び降りそうな印象だった。

懺悔のようで、遺言のようで、遺書のような。そんな言葉で、なにも言わなくても死にそうだが、下手なことを言っても死にそうで。

つらつらと言葉を並べる彼女に対する返事を何か間違えても、直ぐに対応できるように、オレは、立ち上がった。

そして、驚いたのかよくわからないが、そこでようやく、彼女はきちんとオレに質問をした。

答えが欲しいと言った形で。

どこかへいくわけではないから、彼女の望む返事は返せないけれど。

とりあえず、オレは思ったままを口にして、

思い切り、彼女に頬を引っ叩かれたのだった。

「っに、すん……」

「わかってるわよ。でも、自分の決めた価値しか信じないひとっているんだよ。同じ顔でそんなこと言わないでよ」

「っつーか、オマエさっきから誰の話ししてるわけ。意味わかんねーっつの」

感情的に人を引っ叩いた割には、冷静に、彼女は言葉を並べ続ける。

まあ、なんとなくはわかった、彼女のいう同じ顔の人は死んだのだろう。

恐らく自殺か。

「だって人から評価されたって、自分が評価しなかったら死んじゃうでしょ。私が評価したって、それでも死んだら、あの人にとって私の価値がないみたいじゃない」

話が急に飛んだ気がした。

「責めるようなこと言わないでよ、黙っててよ、私が悪いみたいに言わないで」

確実に話が飛んでいる。そうか。なんだかわからないけれど。やはりこれは懺悔なのか。

こういうとき、オレじゃなければきっとうまいことを返せるんだろう。まあ、きっとタカヤなら無視するし、秋丸も無視するけど、加具山先輩なら初めて話す人でも上手になだめるかもしれない。上手でなくとも、親身にはなるかもしれない。

「私が口にだして、評価してたら、違ったかもなんて、そんなことなんども、私だって」

「その理論なら、オマエはオレが評価したって死ぬんだろ。じゃあなんで話しかけたわけ。人で価値はかろうとしたんだよ」

「わかんないよ。わかるならこんなことになってないでしょ」

「そーかもな。確かにオレにはお前の価値なんてわかんねーし、お前にもそんなんわからないのかもしれねーけど、でもオマエ、熱心には生きてねーけど、死にたいとは思ってないつってたろ」

「……なんだ、話ちゃんときーてたのか、適当なこと言ってんだったらもう一発叩いてやろうかと思っていたのに」

「死にたいと思わないなら、その人生には価値があると思う」

自分のセリフとは裏腹に、彼女がもう一発オレを叩いた。先ほどとおなじように、怪我させられるほど、力のない手のひらで。

彼女は死にそうだが、死にたくないなら、死ぬことはないと思う。

「それでもなんかわかりやすい価値がほしいなら、なんか頑張ってみりゃいいじゃねーか。好きな人も好きなものもなくても、好きになる努力して、才能なくて諦めても、振り向いて貰えなくて辛くても、それを好きだったお前にはきっと価値があるし、それを好きになろうとしたお前には価値があるし、それに」

「私が好きになったその人の価値になるよね。うん。正しいね。綺麗事だけど、正しいね」

オレのセリフの続きを言ったあと、彼女が言うであろうことなんて、今日はじめて話すのに何故だかわかりきっていて。

わけがわからないことを冷静に判断できる彼女は、利己的で、だからこそ、多分、合理的だ。

「それなら私は、はるなくんを好きになって、野球部にでも入ろうかしら」

前者はややめんどくさそうだが、後者に関しては、なんやかんや宮下先輩は喜ぶだろうし、顔は可愛いので他の人も喜ぶだろう。

そして、先ほども言ったように、合理的なので、そこそこの働きは期待できるわけで。

「別に好きにすりゃいいんじゃねーの」

そしてオレは席に座る、対して痛くもない頬を押さえつつ、次の授業の教科書を机の上にだし、とりあえずは日常への回帰に成功した。

隣に座る、顔は悪くない根暗は、なにやらいつも通り寝る準備をはじめているようで、それでもテストの点は悪くないようなので、価値、もとい、才能を無駄にしているよな、と思った。

ああは言ったけれど、最初隣の席になった時は、隣が美人でラッキーとは思ったわけで。その容姿に価値がないわけがないと思うのだが。言っても白けるだけなので言わないでおくことにする。



そしてまあ、結論を言ってしまえば結局彼女は野球部には入らなかったわけだけれど。

オレのことも、好きにはならなかったけれど。

何年か経った後に、死ななくて良かったわー。と笑った彼女を見れることになるので、オレ達のそのくだらない会話には価値があったのかもしれない。




2014/09/17
気分が落ち込みましたのでこんな話。久々の更新がこんなんでごめんなさい
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