携帯文学少女
「ちょ、ちょ、ちょ、榛名?」
「……なんだよ。疲れてんだから休ませろっつの」
「じゃなくて、なんで勝手に膝枕なんて……!」
榛名元希と私は付き合って一週間の初々しいカップルである。というと、多少語弊があるかもしれないが、とにかく、付き合い始めの、いちゃつく行為とはまだ縁遠いカップルなのだ。
それなのに、うちに訪ねてきた榛名は、当然のように携帯をいじっていた私の膝、もとい、太ももを枕にして寝っころがりやがったのである。
「なんかワリーかよ」
「悪いとかじゃなくて、その」
「言いたいことあんならハッキリ言えっつの。肝心な時ウジウジするよな、オマエ」
「うん。ちょっと腹立ったから立ち上がっていい?」
それは冗談として、彼は何故、この冗談みたいな行為に及んだだろう。
どうせ、単純馬鹿だからなんかの影響に決まっているのだが。
例えばこないだ、ドラマでやはり膝枕のシーンがあった。私もそれに憧れて、こっそり携帯で書いてるオリジナル小説にとりいれたりもした。
流石に、自分がやる発想はなかったが、彼の動機もまあ、そんなところだろう。
「っていうか、だからなんで膝枕なの?」
「いや、オマエ膝枕したかったんじゃねーの?」
「はい? なんでそうなるの」
「だって、オマエの書いてる小せ……イッテーな! いきなり立上んなよ!」
「いや、なんでアンタそれ知ってんだよ!」
「倉内がメールでURL教えてくれた」
「あの女いつかシバく!」
そういいながら、私は座り込み、両手を床に着いてうな垂れる。榛名は頭をさすりながら、そんな私の前で胡座をかいた。
ていうかほんとにちょっと待て。あの妄想垂れ流しで、少女漫画顔負けのゲロ甘路線に、ときにはライトノベルを超越する中二設定、そして、何より昼ドラよろしくのドロドロメンヘラ小説を、榛名が読んだと言うのか。
いや、そこまでわかっててなんで書くんだよって話だけど。書いてて楽しいもんはしゃあない。それが私のストレス発散方法なのである。
「あんま小説とか読まねーからよくわかんねーけど。お前文章力? あンだな。英語はさっぱりだけど、国語は点数いいもんな」
「うん。小説読まないなら私のも読まなくていいから、ね」
「あ? なんか漫画みたいなノリだし、別に読めねーことねー……。つーか、バカにすんなよ、オレだって小説くらい読めるっつの」
「そういう意味じゃない!」
「じゃ、どういう意味だよ?」
「それがわからない時点で榛名の読解力はたかがしれているから、小説は向かないと思う」
「な、お前の小説の意味くらいわかるっつの、大内田くんとかってヤツは、なんかよくわからないけど、花櫛さんと入江さんを選べないんだろ」
「よくわかってねーじゃん!」
っていうか、それ。榛名がなんか江口さんと仲良くしてたからそんな展開になってんだよ!
「オレから言わせてもらえば、はっきりしろ、大内田。ってところだけどな」
「大内田もテメーにゃ言われたくないだろうよ」
「あと、大内田くんはサッカーじゃなく野球やった方がいいと思うわ。サッカーも面白いけど、野球のがオレは感情移入できる」
いや、わざとだよ。だからわざとサッカー部なんだよ。
つーか、榛名如きが一丁前に感情移入とか使ってんじゃねーぞ。
ああ、もうダメだ。これ完全に八つ当たりだ。
「それから、あれ、ヒロインのモデルオマエだろ? あれやめた方がいいと思う」
それを言うな。一番痛いから。一番痛いところだから。
とりあえず、私は開き直ることにして顔を上げ、床に着いた手を膝の上に乗せ、榛名を睨みつける。
「自己投影して悪かったですねー。でも携帯小説なんてそういうの多いし、私が変なわけじゃないと思うんですけど」
「はあ? お前が何言いてーのかわかんねーけど、オレが言いたいことと違うと思うぞ」
「じゃあ何が言いたいの」
「……それは言いたくねー」
「言いなさい。なんで照れるの。あのねえ、恥ずかしくて死にそうなのはこっちだから」
「いや、だから、オマエ自身じゃなくても、オマエがモデルんなってるヤツが他のヤローといちゃつくのは見るにたえらんねーっつーか」
「はい?」
「やっぱ、いい」
「いや、もうアウトじゃん。そこまで言ったしアウトじゃん」
「うるせーな! バカだと思ってんだろ!」
「バカだとはいつも思ってたけど、うん。アンタって、ほんとバカ?」
榛名の顔は真っ赤である。ちなみに、言いたかないが、多分私の顔も赤い。
どうしようもないくらいドキドキして、ああ、やっぱり私達って付き合い始めのカップルなんだなあ。って思う。
「だから言いたくねーっつったんだろ」
「いや、だって、嫉妬なんかしなくてもいいんだって。大内田くんのモデル、榛名だもん」
「は? オレあんなんじゃねーだろ」
「いや、榛名だし」
「つーか、オマエそれ、恥ずかしくねーのかよ」
「恥ずかしくて死にそうだっつっただろ」
私が俯いてそう言えば、榛名は一瞬黙って、死なれンのは困る。と、呟き、軽く私を抱き締めた。
「なんか、読んで悪い。オマエが嫌がるとか全然考えてなかった」
「ううん。めっちゃ恥ずかしかったけど、読まないでとは言ってなかったし」
男の子に抱き締められるというのは、想像していたより、更に緊張することだったようで、手のやりばには困るし、私の小説って描写不足でリアリティなかったんだな。と、そんなことを思ったけれど。
まあ、もう、あんまり書きたくはならないかもしれない。
想像する必要は無くなったみたいだから。
「あー、でも続きは気になんだよな、あそこまで読んじゃうと」
なんにせよ。榛名があの小説の存在を忘れるまでは、間違いなく更新しないことを胸に誓ったのであった。
2014/03/07
久々にバカで無神経な榛名。去年の一月に書いたまま忘れてました。