それはもう、嫌いなんだけれど(大学生設定)


オレが一人暮らしをしているマンション。幼馴染は当然のようにオートロックであるそのマンションのエントランスに突っ立っていた。

「榛名、待ってたんだよ。さてほら、殴ってくれ、罵倒してくれ、叱ってくれ」

「はあ? どうしたんだよ、バカ女」

「ふっふっふ。きいてくれよ。私って本当バカでさあ。何をしたかは話したくないけどつまり、とにかく殴ってくれ」

もちろん右手で構わないし、蹴りでもいいよ。と、彼女は笑ってそう言った。

何をやらかしたんだこのバカは。

どうせまた、人を傷付けたんだろう。バカか。バカだ。

「何したか言ってくれねーと殴れねーだろ」

「嫌われたくないから言えない」

「嫌いになっても、幼馴染ってのはやめらんねーから安心しろ。それに既にお前のことは大嫌いだ」

「しょうがないなあ。私さー、男友達とラブホに行って、風呂まで一緒に入ったんだけど、結局なにしないで出てきちゃったんだよねえ。しかも別に付き合ったわけでも無くてさあ」

「やっぱ嫌いだわオマエ」

「まあまあ、落ち着いておくれよ榛名くん。私にだって事情はあったさ。そろそろ大丈夫だろう、とか、世界が変わるかもしれない、とか。そういう打算とか、実験思考とか、自分に対する期待とか、まあ諸々があったわけさ。しかしまあ、相手もヘタレだったから、軽く拒否したら手をだしてこなかったけど。まあ、私がひどい事には変わらないだろうし、殴ってくれ」

「拒否するならなんで行くんだよ」

「強引にされても文句は言わなかったよ」

「そうじゃねーだろ」

「ごめんごめん。ごめんごめん。わかってるよ。ごめんごめん」

ああ、こいつ自分が何言ってるかわかってねーな。と、直感的にそう思った。

なにがわかってないかわからないくらいわからなくて、どうしたらいいのかを聞きにきたというところだろう。かといって答えを提示してやる事ができるわけではない。オレだってそんなに人生経験があるわけではないのだから。

とにかくエントランスでこんな不毛な会話を続けることも躊躇われたので、彼女を部屋へあげることにした。

「とりあえず、部屋行くぞ。オマエを殴ンのはそれからだ」

「おう、頼むぜ」

それにしたって、オマエはどうして、そんなに生きるのがいつも辛そうなんだ。




部屋に上がると、彼女はまず最初にため息をついて、自分の定位置へと座った。膝をくんで、少しはあの変なテンションも治ったようだ。

「なんかもうね、死にたいの」

「うちで死ぬなよ」

「そこは大丈夫。死ぬ覚悟だってないし。私には、なんの覚悟もない。勢いで処女捨てる覚悟も、何かを頑張る覚悟も、友達とぶつかりあう覚悟も、自分を弱くみせる覚悟も。榛名に嫌われる覚悟もない」

昔からたまに、こういうわけのわからないことを言い出すやつではあった。

そして、こうやってよくわからないことをやらかすコイツにもちゃんとした好きなヤツが出来たことがあるのを知っているのは、多分、本人を入れたってオレだけだろう。

フられたりうまくいかなかったりしたら、全部好きじゃなかっただけだからと誤魔化して自分を守ってきたコイツである。

それを拗らせた結果がこれだ。

オレにだって、全ての中身は見せていない。取り繕って、笑いにして、泣かないで、特に構ってほしいから死にたいと言うわけではなくて。

嫌ってくれたら楽なのだと。嫌がって離れてくれと言っているだけだ。

だからオレは彼女がもう大嫌いで、それでも、だからこそ、何があっても離れられるわけがないのに。

「とりあえず、デコピンくらいはしてやる。歯食いしばれよ」

「あいあいー」

と、そしてデコピン。痛そうに彼女は額をこするが、もちろん本気ではやっていない。

「もう無理して人に迷惑かけんのやめろ」

「わかってるわ。これからは気をつける」

「いつもそれ言ってるけどな。あと、死んでもいい理由探すのやめろ」

はいはい、ありがとね。彼女は、そうポツリと呟く。

それだって、何度聞いたことか。

「オマエは、何したって自殺する度胸も覚悟もつかねーし。意味ねえンだから」

「でもさ、私には生きてる意味だってないんだよ。せいぜい死んだら親が悲しむってくらいですね」

「じゃあ、せめて親が悲しむから余計なことはしないで生きてろ。んで、親が死んだ後はオレが悲しむから生きてろ」

「親と榛名が死んだら死んでもいいってこと?」

「そっから先は面倒見てやれねーし。しょうがねえだろ」

「あいあいさー」

彼女は、いつだって誰にだって同じ態度だ。そう、いつの間にか、彼女の吐いた嘘は本当になっていた。

好きな人なんて今は本当にいなくて、生きている意味は事実として存在しなくて、人と仲良くすることがストレスになって、心を開くと傷付いて、頭が痛いのは当たり前で。

「榛名は私が嫌いなのに、どうして優しいんだろうね」

「オマエが人に優しいからだろ」

「私は人に甘いだけですよ。毒みたいにね」

中二病を拗らせた彼女は、多分これから先、ただ生きていくことにすら苦痛を感じ続けるだろう。

どうして自分がこうなったのかを模索して、結局自分のせいにして、そう思ってしまうことを他人のせいにして、そしてオレは生きていたって彼女の面倒は見れないというのに。

彼女のごめんは聞き飽きていて、それをオレはどうにも出来なくて、これから先だってずっと聞き続けるのだろう。

兄弟のように近かった距離も遠のき、他人みたいになっても、オレは彼女を生きたまま殺し続けて、でも、きっと、それが彼女の望みで。

「ったく、オマエはいいよな、フグは自分の毒じゃ死なねーし」

「どういうこと?」

だとしたら、きっとオレは彼女に毒されているのだ。

「オレが死ぬとしたら、オマエのせいだってこと」

なんか、オマエ見てると、こっちも生きてるのが辛くなるんだよ。




2013/10/26
生きてる意味がわからない人間嫌いと、漠然とその子が嫌いだけどどうしたらいいのかわからない榛名の話
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -