欠陥品の恋愛譚/秋丸
まあ、よくも考えてみなさいな。人が人を好きになるなんて、欠陥としか思えないって。繁殖する為に相手に対する愛が必要なんて、動物としてどうなのかしらってね。子供に対してならわかるけどさ。
まあ、そのお陰で助かっていることはある。どうでもいい男共に無理矢理変なことをされずに済んでいるしね。これが野生ならそうはいかなかっただろう。
ただまあ、野生なら、こんな面倒なこと考えずに済んだだろうけれど。
つまり、私がいいたいのは、欠陥品の中の欠陥品の私を好きなんていう馬鹿な男はさっさと死んだ方がいいって事なんだけれど。
とまあ、私はついさっきまで、そう思っていた。
しかし、なにがどうしてこうなったのか。今の今まで恋愛のれの字すらわかってなかった私は、あっという間に恋に落ちたのである。
相手は野球部の子。秋丸恭平くんという。
大してかっこよくもない。どころか、かっこわるくもない。まさにどうでもいいような男の子である。
普通の眼鏡をかけていて、普通に真面目そうで、なんと言えばいいのか、普通に見えた。
実際彼は普通だったし、多分私も、自分では変だと思いつつも、普通の人間で、彼もそんなものだったんだと思う。
でも、私には違ったのだ。誰からも普通に見えていても。私にとっては彼はそう。
なんと言えばいいのか。デリカシーがない。
その上、だって彼は、私が達観してるフリして実はずっと気にしていたことをあっさりと。
「逃げるの好きなの?」
「はい?」
「というか、向き合えっていうわりには向き合うのが怖いの?」
私の友達には、やはり凄いデリカシーのないヤツがいて、でもいい子なのだ。どこがかといえば、まあ、素直。悪いことしたら謝るし。でも、それは心からとか、ましてやシーンを選んでとか、よく思われたいからとかでもなく、私が怒ると面倒だからだ。
だから私はそんな彼女によくイラついていたし、寧ろ怒っていた。
でも確かに、安心もあったのだ。彼女がぶつかりにこないから、私も楽だった。
で、さっき、珍しくちょっとした喧嘩になった。私はそんな諍いを全く気にしてない風を装って、私は悪いことをしたつもりはないし、謝る気もない。と言って、彼女と、彼女に味方していた女の子を残して教室を出た。
まあ、あの子の好きな人と二人きりで遊んだのは、こいつなら好きになれるかも。なんて彼女からしたらひっどい打算もあったけれど、結果的にそんなことは全然なかったわけで。
それに、私は別に応援するなんて一言だって言っていなかったのだ。やはり私は悪くない。
そして、教室を出て、昇降口につくと、そこには、隣の席の秋丸くんがいた。
誰かを待ってるみたいに彼はそこに立っていたのだった。
「えっと、あ、盗み聞き? 趣味悪いね」
「あの空気で忘れ物取りに入るのは避けたかっただけだよ」
「一応そのくらいの空気は読めるんだね。読まなくてもいいのに」
「え、あ、ごめん。入った方が良かった?」
嫌味ではなく、多分、心から悪かったと思っている言い方であった。
馬鹿だ。この人はとんでもなく、というか、どうしようもないほどに、人の気持ちがわからない。
「いや、別に。そういうわけじゃないんだけどさ」
「あのさ、あれって、こないだ榛名と出掛けたから?」
「あー、まあ」
「平尾さんって、榛名のこと好きなの?」
「や、特には」
「なら心配することないのにね」
考えるのが面倒なだけなんだろう。
フレームに入った言葉をフレーズにそって捉えるだけ。外面だけを見て、それを素直に受け取る。
傷付かない人なら、楽な生き方かもしれない。
ただまあ、私には、彼が傷付かない人には見えないのだけれど。
「えっと、忘れ物もう取りに行けるんじゃない?」
間が持たなくなったというか、なんと返せばいいかわからず、私はそう言った。
すると、彼はあっさりそれをスルーし、自分の言いたいことだけを口にする。私への返事はなかった。
「あのさ、平尾さんは、人の言葉に傷付いたなら、素直に泣いた方がいいよ」
お前にだけは言われたくないと思ったけど、別に、彼は傷付いたら傷付いたって言うのかもしれない。
案外図太くて鈍いから、私が本当ならそうなりたいような人だから、彼は意外と強い人で、私にはそれが酷く羨ましくて。
「それだけ、言っておこうと思って」
なんてどうしようもない。
なんでこの人にわかることが、他の人に伝わらないのかとか、そんなことどうでもいいのだ。
だって私は気付かれたくて隠していたわけじゃないから。
ただ、隠していたことに気付かれた。それが重要だった。
「そう。じゃあ、うん。気を付けるよ」
何をどう気を付けるのかもわからないが、とりあえず私はそう呟いた。
本当なら秋丸くんが立ち去ったあと、しばらくその意味についてをこのまま考えたかったのだ。既に頭の中では、彼のセリフの分析がはじまっていたし。
しかし、直後、彼が爆弾を投下してきたので、そんなふうに分析しているわけにはいかなくなったわけだが。
「あ、あと、オレ、平尾さんのこと好きだから、平尾さんが榛名のこと好きじゃなくてよかった」
普段の私なら、二つ返事でオッケーを出して、一日から一週間の間で速攻フって相手を傷付けていた筈だった。
私なんて好きになるヤツは馬鹿だから。いや、彼だってまさに馬鹿なんだろうけれど。そうではなくて。
「え、あ、その、私なんて、やめといた方が……」
「え?」
「や、なんというか」
「別にすぐに答えって話じゃなくて、今度でいいよ」
「あ、あの、もしかして、秋丸くん、榛名と張り合ってるだけなんじゃ……」
それなら勘弁してほしい。榛名からは私への好意は微塵も感じないし。
「ん? まあ、榛名と出掛けたのは嫌だったけど」
ズレてるよ。そうじゃないって、この人本当なに? 言葉通りに受け取るようで、たまに間違えるよね。わざと?
「そうじゃなくてですね」
「とりあえず考えておいて。じゃあオレ教室に戻らないといけないから」
そのまま、昇降口からいなくなった彼であったが、私の頭は、処理の追いつかない情報に四苦八苦していた。
この間二人きりで遊んだ人がそこにやってきて、声を掛けてくれなかったら、私は彼が戻ってくるまで、ここから動けていなかったかもしれない。
「千紗子オマエ、ぼーっとなに突っ立ってんだよ」
「わっ、びっくりした、あー、あのさ、榛名」
「ああ?」
「秋丸くんに伝えといてほしいことがあるんだけど」
色良い返事とは言われなかったけれど、返事の色は良いに決まっている。
まあ、彼なら一週間以上は楽しめそうだし。
「よろしくお願いします。とりあえずメアドと番号教えてくださいって」
そんなわけで私はあっという間に恋に落ちた。
驚くほど単純な話だが、ずっとわからなかった恋なんて、実はそんなものだったのかもしれない。
誰かにとっては違っても、少なくとも私にとってはこんなものでいいと思ったのだった。
2013/10/08
恭平くん好き。ちなみにこの恭平くんは、言うべきかちゃんと悩んでると思います。ただいかんせんズレてる。