続々・最近のはなし
『やあ、もしもし榛名こんばんは』
「珍しいな、お前が誕生日前以外に自分から連絡寄越すなんて」
『明日、買い物に付き合って欲しくって。まあ、一人でも良かったんだけど、暇ならどう?』
と、まあ。そう呼び出され、待ち合わせ場所に着いてみれば、そこには、みるからに、明らかに機嫌の悪い彼女が立っていた。
「……どうしたんだよ」
「ベツに。とりあえず私は携帯見に行きたいです」
「ベツにじゃねーだろその態度」
「怒られるから言いたくない」
「言わねーともっと怒るけど」
触らぬ神に祟りなしとは言うが、理不尽にそんな態度をとられて、あ、はい。じゃあ言わなくていいです。なんて言えるほどオレは大人じゃない。
まあ、かと言って、あからさまにイライラしてる彼女に真っ向から喧嘩を売るほど、ガキでも暇でもないわけだが。
「妹と喧嘩したというか。違うな。喧嘩じゃないや。もうアイツいなくなってもかまわねーかなって思ったり、殴ったり」
「殴るのは良くねーだろ。つーかどうしたわけ? 仲良かったろ結構」
「そんなことないよ。最近実家帰る度に、邪魔だの、馬鹿じゃないのだの、死ねだの言われてたし。でもシスコン効果のカラーグラス掛けて、補正かけてたわけなんだけど」
かけたくなくなった。と、彼女は残念そうに呟く。馬鹿だと思った。
「どうしてだろうね。私は他人にはあまり期待しないんだけどさ。家族にも期待しちゃいけないみたい。私も子供だったけどね。相手が謝るまで謝りたくないとか。でももう、今はホント、顔も見たくないや」
「じゃ、見なきゃいいだろ」
「っていうか、男にこういう話して同情を得ようとしてるとき、私って女なんだなって思って死にたくなる」
「あのな、それオマエ本気でいってるわけ? オマエらしくなさすぎんだろ」
「……あー、もう。ほら、怒る。だから言いたくなかったのに。普通に楽しくお買い物しようよ」
顔をこちらに向けない。いつもより遠い距離。
やってしまった。言ってはいけないことを言ってしまった。彼女が一番自分らしさなんてわかってないのに。
少し過剰に思える携帯への執着も、オレには、彼女が一生懸命自分をどうにかして形創ろうとしているだけに思えていて。
キャラ付けや、設定とさえ言えるほどに。彼女は自分らしさを求めてるのに。
そのせいで自分をよく見失うのを知っているのに。
その度に陰でヤケになっていることも知っていたのに。
つい、地雷を踏んでしまった。
「……黙らないでよ。あのねえ、私だって、榛名みたいにカッコ良く生きたいよ。でもね、命を掛けるほど好きなものも好きな人も、私には存在を消して欲しいほど嫌いな物すら無いんだよ。それなのにいらないものはあって、消えても問題ないものは溢れ返ってるの」
「つまり、なに、オレもいらないわけ?」
「まー、ぶっちゃけ、絶対に必要ってわけじゃないよ。私にとって家族もそうだもの。死ねば泣くね。でもね、ペットが死んだときとかも、大泣きしながら冷静な自分が上から見てて、その自分がね、コイツは、ペットが死んだら普通は泣くものだから最低限泣いてるだけなんだろうなって思ってるわけ。家族が死んでもきっと同じ」
「口だけだよな。オマエは常に」
「それが嫌なら嫌いで構わない」
「それも含めて口だけだよな」
普段理性的な奴がキレると怖いのは、加減がわからないからじゃない。その後、冷静になったときの自己嫌悪で、どこまでも落ちていくから、心配なのはキレられた相手ではなく、本人なのだ。
特にこいつに関しては。
殴ってる間だって、冷静な自分が、上から見ているだろうから、特に。
「ごめんね。私こんな、イライラして。Twitterとかでもやばかった。見てない?」
「昨日今日開いてねーわ」
「そ、ならもう消したから平気かな。榛名と約束した後だったからさー。どうしようかって本当悩んだんだ。誘ったの私だけど、今回はやめた方が良いかなって。でも、気分転換になるかなって思って。私、榛名といるのは好きだから」
「好きなものあンじゃねーか」
「だからそんな話じゃなくて、あー、やっぱ、今日やめよっか。なんか上手く話せない」
「なんつーか、オマエ、もうちょっと身内以外に頼れば?」
「頼ってるよ。今だってこうやって話して……」
「取り繕って、自分が悪かったって口でだけ言って、適当にカッコつけてるだけだろ」
しかし、どうしてオレは上手く慰めてやれないんだろう。
先ほどから図星をついて、それがなんになるのか。
だから彼女は頼らないんじゃないのか。
「なに、じゃあ、かっこよくない私でも、榛名は友達でいてくれるの?」
一呼吸置いてから彼女は言った。
「ねえ、だって、覚えてないの。榛名が昔言ったこと」
「いつの話だよ。昔って」
「よく絡むようになった頃。ほら、あの、三年の冬にさ。言ったじゃない。私が、カッコ良いから、友達になったとか、なんとか」
少し思い返してみた。
そういえば、そんなことを確かに言った気がする。
「……ったく、オマエ、あんなのまだ覚えてたのかよ」
あれは彼女の言うとおり、高校三年の冬のこと。
部活を引退したオレは、色々あって、今まで絡まなかった系統のクラスメートととも、少しだけ話すようになり、その中に彼女がいた。
その系統というのが、まあ、俗に言うオタク系というか。
そして、その中でも彼女は、結構重度の中二病を患っていたと思う。邪気眼とかではなかったが。
そんなこともあり、微妙に彼女はそのグループ内でも浮いていて、だからこそ、他の奴等より仲良くなれたのだと思う。
『いいねえ。榛名くんってカッコ良くって。夢ってなにそれ。狡いよね、才能ある人はさ。
は? 私には夢なんかないよ。ていうかイマドキそんな人ばっかだって。一応声優さんになりたいとか思ってましたけどね。君のプロ野球選手ってヤツみたいな、譲れないものじゃなかったんだって。
んー、でも、強いて言うなら、そう。カッコ良い人になりたいかな。
だから、まあ、それが、夢だね。
私は、カッコ良い人になれるように、生きてるつもり』
高三にしてはヤケに幼かった彼女の、そんな幼い答え。
それにオレがなんと答えたかくらい、もちろん覚えている。
『今だって、オマエ十分かっこいいンじゃねーの』
いつも、その小さい肩に色んな物を背負っていた。
抱え込みやすいタイプで、遠慮しないように見えて、実はどこか人のことばかり考えているような、そんな臆病者が。
虚勢を張って、意地を張って、そうやって一人で立っていることをもしかしたら他人は嘲笑うかも知れない。
コミュ障で、理屈っぽくて、中二病で、融通の利かないそんな彼女を人は嫌っていたかもしれない。
だが、それに傷付いてることすら誰にも頼らず隠し通そうとする彼女を誰がカッコ悪いと言えるのか。
『オレは、オマエがカッコ良いと思ってっから、友達になったンだしな』
でも、それはきっかけの話だ。
「今はオマエが無理しない方が、オレは嬉しいンだけどな」
「ベツに、今まで無理なんてしたことありませんが」
「知ってるっつの。限界までこなきゃ無理だとは思わねーもんな、オマエ。で、限界になる前に諦めるしな」
「そう。だから、」
「でも、家族の話は限界来ても投げ出せねーだろ」
この間まで、婚姻届だのを寄越してふざけていた彼女だが、気持ちが疲れてそうだというのは、実はなんとなく気付いていた。
そこでの喧嘩だ。多分、相当参っているのだと思う。
「やめてよ、もう」
「やめねーっつの」
「カッコ悪いのはダメなんだって。だから」
「カッコ悪くねーよ。変に意地張る方がカッコ悪いっつの。ここでが嫌なら漫喫でも行けば人目ねーだろうし、まあ、もう一人で泣いただろうけど、もっかい泣きゃいいだろ。嫌なこと一回につき、一回ずつしか泣いちゃいけねー決まりはねーンだし」
「まさかとは思うんだけど、たかがあんな紙切れで、榛名は優しくしてくれてるの? 単純だし、ありそうで怖いわ」
「あのな。どんなに性格悪いこと言われても、わざとなのわかってっから無理だからな」
あんなの貰ってなくたって、オレはずっと、なんだかんだで彼女が大切で、頼って欲しいと思ってた。
「だから男は女に騙されるんだよ」
「嘘つくのが下手な嘘つきには言われたくねーよ。とりあえず泣くの嫌なら、気分転換するしかねーだろ。携帯だっけか。ほら、行くぞ」
この間、ああは言ったものの、実を言えば、なし崩し的に結婚するのは嫌な気もするので、こんなことするのはいいことのかもしれない。
許可をもらう前に左手で彼女の右手を握る。昔は、こんなことをするのにも、表現しきれないくらいの葛藤があった気がする。
彼女相手だからあっさり出来るのか、それとも歳のせいなのか、それはわからないけれど。
彼女は特に嫌がる様子もないので、そんなことどちらでもいいことかもしれない。
「でも、榛名は、諦めちゃダメだからね」
等と言いつつも手を離さない彼女は、やっぱり口だけの女で、オレはそもそも、彼女で妥協しようとしているわけではないので、返事をしなかった。
そして、チラリと見た彼女の表情が、嬉しそうだったのは、これから見に行く最新機種のお陰だと思うことにする。
2013/07/31
妹と喧嘩してむしゃくしゃして書きました。ちなみに原因は進撃の巨人を観るのを邪魔されたことです。榛名の誕生日の一週間後くらいの話。更新が遅れたのは、気持ちを消化しきれてなかったからです。