何故殺さねばならぬのか/坂田
わかると重くて辛いからって、目を背けていた。
届かないって気付くのが怖くて、支えにならないことを知ることが怖くて、最初から諦めて。
自分を殺すことに慣れすぎた私は、常に自殺しているみたいに、周りには見えていたかもしれない。
「ずっと考えてたの。どうしたら、あなたの気持ちがわかるのかって」
「嘘つけよ、ったく……なんてことやらかしてんだオメェは」
「考えてたのは本当だよ。でもさ、やっぱりわからなかった。坂田はさ、自分の大切なもの奪われたからって、人を殺すことも厭わなかったよね。それが誰かの大切なものだとは思わなかったの?」
攘夷戦争というのは、星と星の戦いであり、確かに、私達天人がふっかけた喧嘩かもしれなかった。
でも、そんなもの、下っ端には関係のないことだったのだ。
お互い、立場を守る為に戦った。それだけだ。
そもそも。最後まで抵抗し、被害を大きくしたのは星自体、国自体ではなく、一部の侍共で、死にに来たのは奴らの勝手である。
それは、国自体に仇をなしているのと同じだ。
侍とは、忠国心とは名ばかりの。守る為の敗北を理解しなかった。そんな連中である。
うちの星の近代史の授業等では、江戸という国は評価し、攘夷派というもののみを悪として教えていた。
まあ、もしかしたら、江戸の幕府の連中は連中で、そんな綺麗な理由で鎖国を解禁したわけではないかもしれないが、下っ端から見れば同じことである。
戦ってる者からすれば、戦争で愛した者を無くした者からすれば、いらない戦争を長引かせた攘夷派は、悪なのだ。
それなのに、その攘夷派は、お前らに大切なものを奪われたと、私達に未だ牙を剥く。
そんなの、こちらだって同じだと言うのに。
「こいつらもそう。こちらに刀を向けて、私を殺そうとして。私を大切に思っている人に、自分と同じ気持ちを味合わせることに躊躇いがない」
まあ、いるかもわからないけどね。と、言いながらも、足元の死体を指し示す代わりに蹴飛ばす。
ビルに囲まれた薄暗い空き地に転がる無数の死体のほとんどは、上半身と下半身が、完全に離れ離れになっていて、私の蹴飛ばした死体の上半身だけが、その中でごろりと寝返りをうった。
しかし、よくもまあ、こんなお粗末な作戦で、私の雇い主様を殺せると思ったものだ。
「なんにせよ。坂田みたいな、綺麗ななんでも屋にはなれそうにないな。研修させてくれてありがとうね。短い間だったけど、お世話になったね」
「俺ァ、てっきりオメェは、俺にとどめを刺しにきたんだと思ってたんだけどな」
「理解できて、納得いかなかったらそうするつもりだったんだけど。相変わらずよくわからないんだもの。とどめ刺すほどの理由はないわ。っていうか、覚えてたんだ?」
「まあな。自分殺しかけた女の顔なんて、忘れるに忘れらんねーだろ」
「ふーん。なーんか、なんであの時見逃したか、ききたそうな顔してるね」
「オメェにもう一度会えたら聞こうと、ずっと思ってたからな」
「まあ、ただ単に、殺す理由がなかったからよ。私は守る為に戦場にいただけで、守るべき対象は全部あなたが殺してくれちゃってたから、そしたら、戦う理由なんてないでしょ?」
「仇討ちなんてのは考えらんねェってか」
「更にその仇討ちに、もっとたくさんの人が殺されたら困るからね」
「まあ、正論ではあるな」
「でしょ?」
まあ、私はこんなんだから、きっと彼の気持ちが理解出来ないのだろう。
あの日、彼はあの森に、仇討ちに来ていた。
いや、それもおかしな表現か。あの戦争自体が、彼にとっては仇討ちだったのだ。
その戦争で、亡くした仲間の為に。更に、私の仲間を殺しに来たのだ。
馬鹿な男。
「神楽ちゃんとかさ、新八くんが、もしも、万が一殺されたら、きっと坂田はまた仇討ちするんだろうね」
「オメーほど、賢くねェんでな」
「なのに、今は、昔のこと忘れたみたいにここで縮こまってる。坂田の基準っていまいちわからないんだから」
「俺には、とどめを刺すわけでもなく、ご丁寧にそんな話をしてくれたオマエの方がよくわかんねーよ」
「お互い様ってわけですか。っと、敵さんの大将、来たみたいね」
今回は、坂田の時とは違い、こいつを殺したところで次はこないはずだ。
ここでこいつを仕留めておけば終わり。とはいえ、満身創痍の状態で、勝てる自信のある相手ではなかったのだが。
が、私が負けたとしたって、こいつが雇い主様を一人で殺せるわけがない。計画は既に破綻している。
空き地に姿を表したその男は、刀に手をかけて、鋭い目付きでこちらを睨んでいる。
「もう、ここから先は、坂田には関係ないしさ。行ってよ」
「って、言われて行くと思ってるんですかコノヤロー」
「行かなかったら、アンタただの馬鹿だよ」
近くの死体からこぼれた刀を一本頂き、構えながら私は言った。
先ほど、私の得物はほとんど使い物にならなくなったのだ。
それは、私を止めに来た坂田のせいであるのだが、そんなことを気にしているのか、坂田は一向に動こうとしない。
「いくら馬鹿って言われようが、俺がここを離れるような馬鹿じゃねーこたァ、オマエもわかってんだろ」
「気にしなくていいのに」
「オメーをうちで雇ってやるって決めた時から、守ってやる覚悟も、もしオメーが死んだ時に仇討ちしてやる覚悟もとっくに出来てんだよ」
「……だから、わからないのに」
私が殺さなかった白夜叉は、相も変わらず馬鹿のようで、私の男の間に立ちはだかると、洞爺湖と書かれた木刀を抜いた。
あの時殺してやってれば、この人はもっと楽に死ねていただろうが。平和な世の中に生きて、新しい大切なものに出会って、昔の悪夢に魘されずにすんだだろうか。
それでも、この人は幸せそうなのだけれど。それを確認出来たのだから、私はもう、十分なのだけど。
「大体なァ、死にてェ死にてェって顔して、そんなんで守りてェもん守れるわけねーだろうが」
「……まあ、正論かもね」
こちらに向かって、刀を構え、無言で走ってきた男を坂田はヒラリとかわし、それに即座に反応した男もまた、身体の向きを変える。
視線はこちらを向いていないが、私のこともキチンと警戒しているのがわかる。しかし、冷静に見えても、仲間の死体の中だ。頭に血が登っているのだろう。
仲間の死に方を見れば、私の持つ、ただの刀相手の警戒なんて、意味が無いことがわかるだろうに。
「私一人じゃ、多分そこまで誘導出来なかったんですけどね」
ほとんどが、使い物にならなくなった私の得物。一つだけ残っていたそれ。
戦場で使うのではなく、城に攻め込まれた時に使うトラップの一種で、ここのように、四方をビルで囲まれていなければ使えない戦法だ。
形としては地雷型。そこに何者かが来た時点で発動され、飛来する見えない刃、詰まる所、細い糸で、敵の身体を上手に分断するわけだ。
男の身体が地面に落ちる。身体を一瞬で切り離されるので、大体しばらく意識が残るのだが、そこはうまく坂田が気を失わせてくれたようで、男は楽に逝ったようだ。
「って、違うね。最後の一つも駄目にされちゃったわけか。腕は衰えてないどころか、上がってるみたいね」
「こういうのは、テメーの手なんか汚さねェで、警察の皆さんに任せちゃえばいいんですー。ほら、みっかんねーうちに帰んぞォ」
身体を二分の一に切り分けられることなく、気絶させられただけらしい男を死体の中に放置して、坂田が空き地を後にする。
私は、そんな彼を追いかけながら呼び止めた。
「いや、ちょっと待って下さいよ社長。これ、私の得物片付けてかないとバレますよ」
「……社長、な。結構簡単に戻ってくんのな」
「まあ、他に行くとこもありませんしね。ちょっと待ってて下さい。ささっと片付けちゃうんで」
結局のところ、相変わらず彼のことはわからないままだけれど。
漸く自分のことはわかった気がした。
あの日、彼を殺さなかったのも、彼の元へこうやって訪れたのも、多分それは、私が彼に惚れてしまっていたからだろう。
単純過ぎて認めたくはなかったし、この人とどうこう出来るとは思えなかったから傷つかない為にもそれを選んで来たけれど、もうここまでくると認めざるを得ない。
自分にはわからないからこそ、私はこの人に惹かれていた。
「お待たせしましたー」
「おー、随分早いな」
「まあ、これでもプロなんで」
でもまあ、彼のやり方に賛同するかといえば、それは違う。あの男にはキチンととどめを刺させて頂いた。
また仇討ちにこられても迷惑なので。
「うん、じゃあまあ、帰りますか。社長」
お互いを理解出来ないままでも、しばらくはこのままで良いだろう。
またいつか、殺し合う日がくるとしても。
2013/06/30
完結編楽しみですよね。銀幕前夜祭り行ってきたので尚更楽しみというか。見に行くつもりなかったのに、前夜祭り楽し過ぎてもう行くしかないと。そんな勢いで坂田書きました。