続・最近のはなし
「お待たせー」
そう言って彼女は、カタンとオレの目の前の席に着いた。
二人ともそこまで飲む方ではないので、飲み放題や時間制限のない居酒屋を選んだものの、彼女が明日朝早いらしく、時間制限があったところで問題はなかったかもしれない。
「とりあえずまあ、榛名誕生日おめでとう。今回もも彼女出来なかったねえ」
「そういや、お前も今年で四捨五入したら三十路になったんだよな」
「それ私の誕生日にも言ってましたよね。いい加減にしてよ」
と、言いながら、彼女はドリンクの注文を取りにきた店員に、梅酒のロックを頼んだ。
普段なら日本酒やワインを頼むので、やはり明日が早いことを気にしているのだろう。
オレはまだ、待ってる間に頼んでいたビールが残っているので、注文はせず、彼女に料理の相談をする。
「そーねー。じゃあ、玉子焼きとか? あ、焼き鳥も欲しい」
「サラダも食えっつの。太るぞ」
「今から頼もうとしてたの!」
「普通サラダが先だろ」
「いやいや、んなことないって。他の子と飲む時は大抵こうだし。えーと、あと、まあ、お刺身の盛り合わせみたいなのでいいか。飲み物来たら頼もう」
と、その時ちょうど良く梅酒が来たので、彼女は手際良く注文を済ませる。
そして、店員が下がったあと、しかし珍しいねえ。と、話を切り出した。
「最近の居酒屋ってさ、タッチパネル式だったりするのに」
「まあ、ここはそんな大手のチェーン店じゃねーみてーだしな」
「ふーん」
「じゃ、とりあえず乾杯」
「おー、かんぱーい。榛名誕生日おめでとー」
「っつーか、お前人に彼女出来なかっただの言ってたけど、自分はどうなんだよ」
「さっぱりですね。デートとかには誘われるんだけど。どうも合わなくって」
「相手と?」
「いんや、恋愛が。やっぱ、私人間のことより機械とかのこと考えてる方が好きみたい」
ちなみに、明日は私の嫌いなメーカーのスマートフォンの発売日だよ。と、彼女は去年と反対のことを言った。
MP3プレーヤーなどは、そこのメーカーのものを使っている癖によく言うヤツだ。
「まあ、機械は裏切らねーしな」
「んー、いきなり不具合とかになったりして、困ったりはするけどね。でも、裏切られても、そこまでダメージは受けないね」
「お前はデリケート過ぎんだっつの」
「榛名には言われたくないのですが。まあいいけど。さて、問題です」
「なんだよ?」
「今年のプレゼントはなんでしょう?」
ちなみに。去年は手帳用のボールペンで、今年も使わせてもらっている。
アレは確か、オレがTwitterで無くしたと呟いていたからそれにしたと言っていた筈だ。
結局、そのボールペンは見つかったのだが。特に思い入れがあったものでもなかったので、彼女にそれを貰ってからは、そっちのボールペンは使っていない。
とりあえず、そのパターンからするとやはりTwitterを見てオレの欲しいものを予想したと考えるべきだろうか。
しかし、最近、そう言ったことを呟いた覚えがない。
強いて言うなら。
「って、お前そういや友達出来たんだな。他の子と行ったとき、とか言ってたけど」
「まあね。流石にいい加減、一匹狼ではいられませんて」
「いや、オレがいるから一匹狼ではないだろ元々」
「で? 答えは?」
「いや、普通にわかんねーっつの。ヒントは?」
「えーと、去年から榛名が欲しがってるもの?」
となると、やはり強いて言うなら。の、アレか。
「まさか、お前、去年の冗談真に受けて、女紹介するとかって話じゃ……」
「流石に紹介出来るほど仲良い女の子はいないよー。違う違う。で、まあ、ほらこれ」
茶色い封筒を渡された。
A4サイズである。
「開けてみて」
「……って、婚姻届?」
しかも、千紗子の名前が書いてある。
「基本的に好きにしてくれて構わないけど、変な人の名前勝手に書かないでね」
「つまり、捨てるか、アレってことだろ。冗談も程々にしとけよ」
「今使えって話じゃなくてさ。もしも、榛名が、彼女出来ないけど、結婚しないとまずくなったとき。そうだね、例えば親が煩く言って来たりとか。そういうことがあったら使ってくださいなってこと」
「お前はそれでいいのかよ」
「実は金欠でプレゼント買えなかっただけなんだけどさ。でも、さっきも言ったとおり、私には合わないから大丈夫。それが必要になることはまずないから」
そのタイミングでサラダが運ばれて来たので、珍しく彼女が取り分ける。
少し時間がかかった気もしたが、今日は金曜日で、店内は混み合っているし、仕方が無いのかもしれない。
オレはとりあえず、半分ほど残っていたビールを飲み干した。
「まだオマエの感性が若いからそう思うだけじゃねーの?」
「ずっとそう思って来て、いつか"合う"ようになるって信じてきて駄目だったんだから、もういいよ」
「じゃ、とりあえずあと一年は頑張ってみろよ。もし一年経っても変わンねーなら、オレに彼女さえいなけりゃ貰ってやっから」
「え、マジで。ぶっちゃけかなりネタだったんだけど」
「好きにしていいんだろ。基本的には」
「変なヤツの名前は書くなって言ったじゃん」
「オレは変なヤツじゃねえ」
「……冗談だけどさ。参ったな」
そう言いながら彼女は、ようやく梅酒に一口口をつける。
そして、「次何にすんの?」と、オレのグラスを指差した。
「あー、同じのでいいわ」
「了解。すみませーん」
タッチパネルどころか呼び鈴もないので、当然そう声を掛けざるを得ないわけだが。変わらない変わらないと思っていたが、彼女も成長しているらしい。
昔なら、そういうのは恥ずかしいからといって、全てオレに任せていたのだ。大した進歩である。
一年なんて言わず、もっと掛ければ、"合う"ようにくらいなると思うのだが。
「……まあ、でも何十年かかるかわかったもんじゃねーしな」
「はい?」
「いや、こっちの話」
女は二十代で結婚しなきゃならないから大変なんだ。みたいなことを去年彼女が言っていた気がするので、そもそも、何十年もかけていられないということだろう。
店員に「生一つ」と注文をし、それから、他の店員入れ違いで刺身を持ってきた。相変わらず、刺ちょこに醤油を入れてくれたりという気は利かないようだ。この分だと、オレがこの一年で頑張って彼女を作ってしまったら、千紗子は一生独り身になってしまうだろう。
「ってか、食べないの?」
「いや、醤油そっちにおいてあるからな。独占してんじゃねーよ」
「あのさあ、もっと言い方あるんじゃない? 榛名って本当、相変わらず性格悪いよね」
「っつーか、自分のくらい入れろよ」
「今からやろうと思ってたんですー」
彼女のことをみてると頑張る気も失せるというか。
まあ、とりあえずは現状維持のまま、来年を迎えても良いかもしれないとは、少し思った。
気は早すぎるくらいかもしれないが、今のうちに覚悟はしておいた方が良いだろう。
2013/05/24
榛名誕生日おめでとう!去年の「最近のはなし」の続きなので、榛名は26歳設定になります。本当なら記念すべき20歳ネタもやりたかったのですが、ちょっと今回は思い付きませんでした。すみません。
ギリギリの更新になりましたが。今年も無事四つまで更新出来たので良しとします。榛名、とにかく本当におめでとうございます。また来年もこうやって一杯祝えたらいいな、と、思います。