シロップと黄色いカップ


「なに、その目は」

私は榛名に弱い。

どう弱いかっていうと、つまり、甘い。例えば、街で偶然あえば、何かしら奢ってしまうし、終電を逃したという連絡があれば、車を出してしまうし、うちに来て眠そうに欠伸をしていれば、布団をしいてあげてしまう。

別に、親でも彼女でもないし、ただの知り合いなので、甘えてくる分は甘えさせてあげても問題ない気がするが、しかし、彼女が出来たというなら話は別なわけで。

「本当、誕生日プレゼントなんて用意してないってば。とにかく誕生日はおめでとう。友達のとこでも行きなさいよ」

例えば、年に一度の彼の特別な日に、家に押し掛けてこられようとも、甘えさせてはいけないと思うのだ。

「酷くないッスか、それ。こないだは誕生日ならお祝いしないとね。とか言ってたじゃないスか」

「あんた好きな子できたとか言ってたでしょ。こないだ上手く行ってるとか言ってたじゃないの」

「あー、アイツ他に好きな人いたらしくて」

「あ、れ? 高校の時の話、では、ないよね? 前に言ってたマネージャーの。また?」

「まあ、なんつーか、昔からこのパターン多いンスよね。そんなわけで思い切りフられたんで、千紗子さんに慰めてもらい来ました」

こないだ、フられたら慰めてくれるって言ってたじゃないッスか。

そう続けられたら追い返すなんてできる訳もなく。

「……あぁ、なに。そうね、ケーキ、何が好きだっけ。というか一緒にきて選ぶ? あと、プレゼントは五千円までね」

そんなデカイ図体で、雨に濡れた子犬みたいな顔されても困るのだけど。

と、私はため息をついた。

確かに、好きな子が出来た。上手く行きそう。と話してた彼に、万が一フられたらお姉さんが慰めてやる。とは言った記憶があるので、慰めてやる他ない。といいますか。

いや、結局私は彼に甘いから、そんな約束してなくたって、甘やかしちゃっただろうけど。

それに、誕生日にフられるなんて、かなり可哀想じゃないか。

「あと、とりあえず着替えて出るから、榛名くん、先に車乗っててくれる?」




それから私は、榛名くんを連れて、近所の大型量販店まで車を走らせ、まずはとりあえず適当な食べ物やケーキを購入。

二人きりの誕生日会なわけで、豪華な食事。と言っても、そんなに大量に購入できるわけもなく。まあ、最後にケーキさえあればいいか。と言った具合ではあるのだが、基本的には榛名くんの好きなものばかりをチョイスした。

その後、雑貨店や、専門店の並ぶ階へ移動し、適当に誕生日プレゼントを購入。

五千円までと言ったにもかかわらず、彼は最近携帯変えたんで。と、三千円もしないスマートフォンのカバーを選んだ。最近携帯を変えたのはもちろん知っていた。彼が使っているのは私のオススメの機種なのだから。

変えた時に傷防止の為に透明の安いカバーを買っていたが、ああ、そういえば、買い替えてすぐ、誕生日にカバー買って下さいね。と要求された気がする。

そんなこと覚えてたのか。私はすっかり忘れてたのに。



そして、プレゼントを購入した後、車に戻り、後部座席に荷物を載せてから、私は運転席に座り、自販機で買ったお茶を飲んで一息つく。すると、助手席の榛名くんがふと思いついたように口を開いた。

「前から思ってたンスけど。千紗子さんって、彼氏いないンスか? いらないとか?」

「いないよ。いたら榛名くん連れ回したりしてる暇ないでしょ。ちなみに、いらないわけじゃなく。出来ないの。性格悪いから」

「あ、オレもです」

「はい?」

「オレも性格悪くて彼女出来ないというか」

「いや、相手に好きな人いるって、性格の悪さ関係ないでしょ」

「あれ嘘なんで。ていうか、好きな人出来たのは本当だったンスけど、上手く行きそうなのも、フられたのも嘘です」

「私。年下はちょっと」

「そういう鋭いとこも、言われる前にストレートに断ろうとしてくれるとこも好きッスけど。千紗子さんオレには甘いし最終的には断れないでしょ」

「私全然鋭くないよ」

少なくとも。榛名くんがこういう卑怯なことをしてくるなんて思ってもみなかったというか。

誕生日にフられるなんて可哀想だと、私は確かに判断して、だからこそいつもより甘やかしてやろうとか思っていて。

そう判断してしまったということは、つまり、私は断れないのだ。

"誕生日にフられるなんて可哀想"なのだから。

誕生日にフるなんてこと、できるわけがない。

「なんというか、いつからこういうつもりだったわけ?」

「誕生日の話したときくらいッスかね」

「一ヶ月前か」

「まあ、好きな子出来たってのにもうちょっとハンノーしてくれてたら、あの時点で千紗子さんのこと好きだって言うつもりだったンスけどね」

「上手く行きそうっていうのも、そしたら本当になってた筈だったと」

「まあ、付き合ったら、惚れて貰える自信はあるんで」

「あーあ、しくったなあ。なにそれ、榛名くん、私よりめっちゃ性格悪いじゃん」

「とりあえず帰らないッスか? 腹も減ったし」

「はいはい。というか、早く免許取りなさいよ。私彼女に運転させる男はあんまり好きじゃないからね」

「実はもう免許は持ってンスけどね」

「……付き合ってからは絶対甘やかさないからね」

「千紗子さん甘えたがりですもんね」

「わかったような口利くな」

車を発進させ、とりあえず家へと向かう。

まあ、わかったような口を利かれてムカつかないということは、多分私は榛名くんを好きなのだろう。

なんにせよ、もう甘やかすのはやめだ。

「今度は榛名くんがどっか連れてってよね」

「じゃあ海行きましょうか」

「ダイエットしないと……」

「水着オレが選んでいいですか?」

「あんまりフリフリのは歳的にちょっと」

「ヤダ」

「似合わないから」

「いや、似合いますって。千紗子童顔だし」

「い、いきなり呼び捨てか小僧」

「あ、オレのことも呼び捨てでお願いします」

「えーと、は、榛名?」

「いや、元希で」

とりあえず、この年下くんには勝てる気がしない。

「……も、もとき?」

「千紗子って、なんでそんな可愛いンスか? 年上なのに」




2013/05/24
榛名本当に誕生日おめでとう!出来たら今日中にもう一個書くよー!とりあえず仕事の為に寝るよー!
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