被虐彼女の戯曲


「榛名くんオールバックにしたらどS度増して素晴らしいかもしれない」

「煩い黙れどM」

彼女は、オレの一生の中で、クラスメイトになりたくなかった人間No.1に輝き続けることになるだろう女。名前は平尾千紗子と言って、言った通りのどMである。

昨今の世の中、自称どSやどMがはびこる中の、自他共に認める、生粋だかはわからないが、どMであり、ちなみに、どMの"ど"をカタカナではなく、ひらがな表記にするのは彼女の拘りらしい。

以前メールでドM表記をしたところ、『確かに、ドって表記の方が、凄いMに見えるけどね、どって表記の方が変態っぽさが増すきがしない?』とのこと。勿論そのメールには返信はしなかった。

なんにせよ、またそんなよくもわからない拘りについてなんて話をきくのも面倒なので、オレはそれから一貫してひらがな表記を続けているというわけである。

閑話休題。

まあ、オレがそんな、クラスメイトになりたくなかった人間No.1と友達になってしまったのには、それなりに事情がある。

地雷を回避できなかったわけではない。いや、回避不能とも言えたが、実は自業自得だとも言えるのである。

平尾とオレはそもそも中学時代の同級生で、一時は恋人関係にまで発展しそうになったくらい、まあ、仲が良かった。

そこにきてのオレの故障。彼女にも辛く当たってしまった記憶がある。

それがそもそも間違いだったのだ。そして、三年に上がる直前に転校した彼女は、別れ際、オレに強引に住所を書いた紙を押し付け。気が向いたら、手紙頂戴。そういえば私、榛名の住所知らないや。とかなんとか言っていたのを


まあ、オレは忘れた。すっかり忘れた。うっかり忘れた。さっぱり忘れたともいう。

そもそも手紙なんて書くキャラクターではないし、かといって、あの時、じゃあお前が送って来いと住所を渡すのも面倒だったし、面倒がったので、やはりこれはオレの自業自得か。

回避方法は、やはりいくらでもあったのか。

そうも思うが、ともかく、彼女はオレにすっかり忘れられ、その前には機嫌の悪いオレに当り散らされ。

数年後、埼玉に戻ってきて、武蔵野第一高校に転入してきたアイツは、開口一番にこう言ったのである。

「平尾千紗子です。趣味は蔑まれることと、暴言を吐かれることです。あと放置プレイも大好物です。よろしくお願い申し上げます」

変態らしい興奮もなく。ただ、当たり前のことのように、当たり前の自己紹介のように。

「あ、でも御主人様の募集はしてません。もう決まってますんで」

オレは鈍いとも言われるが、これだけヒントと伏線がばら撒かれていれば、この時点で彼女が次に言う言葉くらい予想出来た。

彼女は、まず、オレの知り合いだ。そして、つい手が出てしまったことも、今は猛反省をしているが、ある。暴言はしょっちゅうだったし、秋丸がいない時は、友達ではあったが、半分パシリのように使っていたこともある。

よくよく思い出せば、故障する前も、そんな扱いをしていた気がする。好きではあったが、それを自覚する前は、秋丸と同じように子分のように扱い、連れ回していたし、自覚した後も、今更態度は変えられないということで、あんまり変わらなかった。

別に気の弱い奴ではなかったのだ。嫌なら断ってきたし、ダメなことはオレにはっきり言ってきた。真面目ではあった。

だから多分、真面目に手紙を待っていてくれたんだと思う。オレは忘れていたが。

「質問も後ほど受け付けますが、まず私から一つ聞かせてくださいね。ええっととりあえずは」

後で個人的に聞いて来い。そう思った。

「榛名くんは、榛名様と元希様と御主人様、どの呼び方をお望みですか?」



もちろん、それらの呼び方は丁重にお断りしたのをお断りされたりを繰り返し、なんとか普通の呼び方を勝ち取ったわけだが、今の黙れという言葉に顔を真っ赤にして、可愛らしく興奮している変態は、どうやらオレの度重なる暴言と、極め付けは彼女の言う放置プレイでMに目覚めたらしかった。

「まあ、オールバックにしなくても榛名くんはSだもんね。問題ないよね。差し出がましいこと言っちゃった私にお仕置きしてもらっても構わないんだけど」

「敬語も気持ち悪かったけど、タメ口でそういうこと言われるのは更に気持わりーな……」

「じ、じゃあ戻す? 私的にはその方が良いんだけど」

顔を赤くして喜ぶな。気持悪い。と、思ったのは心の中に留めておく。

昔からの癖で、オレはこいつに対しては、一つの返事に必ず一つの暴言を入れてしまう。

その癖のせいで、タカヤとも上手くいかなかったのだろう。と、今更ながらそう思った。

そういえば、昔のこいつは、わりとタカヤに似ていた気がする。だからこそ、同じような扱いをしてしまっていたかもしれない。まあ、タカヤにはまだマシだった気もするが。なんにせよ人のせいは良くないだろう。

まあ、とにかく。これ以上の暴言はこいつを喜ばせることになるので、控えた方がいいだろう。

「戻さなくていいっつの。戻すと御主人様呼びも戻ってくンだろーが。それよりちょっと黙ってろ騒音発生装置」

と、思っていても。できないから癖は癖と言われるのである。

彼女は上機嫌だ。漫画やアニメでみるどMよりは、行動自体はやや大人しいものの、冷静な返事をしつつも、暴言に嬉しそうに微笑むところが尚更気持悪い。

が、それを秋丸に話したら。

「それ、普通に好きな人に構ってもらえるだけで嬉しいだけなんじゃない?」

などと言われたが、人前での行動はオレの為に控えてくれてはいるものの、二人きりになるとやばいのである。

冷静に。踏んでくれと頼んでくるのである。というか、足蹴にしてくれと。

最初に頼まれた時は気持悪くてつい蹴飛ばした。

そしたら柱の角に頭をぶつけて、痛がりながらも、あれ? 続きはないんですか? と聞いてきやがったのである。こちらは心配していたのに。

そこをみれば、彼女のそれが構ってもらえるのが嬉しいなんて可愛いものではないことがわかるだろう。

いや、まあ、あんまりに御主人様呼びがしつこくてムカついたので、前髪を引っ張って、壁に押し付けて、いい加減にそれヤメろ。と言ったり、榛名様呼びされてたときも、恥ずかしさに耐えながら一日無視をしたりと、オレもアホのように彼女を喜ばせ過ぎているし。正直、彼女をいじめるのは嫌いではないのだが、これ以上やると、オレも変態の仲間入りしそうで怖いというか。

そんなものに目覚めるのは御免だ。しかし、彼女が転校さえしてこなければ、こんなことにはならなかったのに。とは思うものの、単純に手紙を出してやっていれば大丈夫だった気もして、負い目がある分、彼女に付き合ってやってしまっているのもあり。

というかこいつ、オレ以外には普通なんだよな。とか。

それはつまり、オレだけの下僕ということである。

「って、本当に黙ったままかよ」

「そりゃ、命令はきくでしょ。私は榛名くんの下僕だもの」

「下僕ってわりには使えねえけどな。記憶力ねえみてーだし」

「んー。何が言いたいのか実はわかってるんだけどね。もうちょっと普通に雰囲気のいい時に言おうと思ってたんだけどな」

「あのな、焦らしプレイって下僕のやることじゃねーよな?」

「なんならお仕置きしていただいても構いませんが」

「敬語は禁止っつったよな?」

「お仕置きしてくれても構わないってば」

その場に押し倒して首を絞める。死なない程度に。

床に頭をぶつけて、息苦しそうに顔を歪めるのを見て、興奮してしまうあたり、多分もう戻れない気もする。

「オレに何か言うことは?」

「……かっ……はっ…………」

「あー、首絞めてちゃ声でねーよな。でもこういうのが好きなんだろ? 喜べよ変態」

「……はっ…………あ……」

流石に耐えられなくなってきたようなので解放してやれば、彼女は激しく呼吸を繰り返す。

オレは無言のまま立ち上がり、彼女の肩を踏みつけた。

「いっ……」

「で、ほら、離してやったんだから言うこと言えっつの」

「……その視線も、大好きです……」

「いや、そうじゃねーだろ。まだ足りねーわけ?」

「あっ……」

肩を踏む足に更に力を加える。彼女の目は潤み、顔は紅潮している。

「……誕生日おめでとうございますって、そんなにいって欲しいものですか? ……いっ、これはご褒美?」

「ちゃんと言え。お前Mの癖に素直じゃねーよな。っつーか、日本語ちゃんと使えねーわけ?」

「お誕生日おめでとう榛名くん。産まれてきてくれて本当にありがとう」

「てい」

「……ぐふっ、え? 嬉しいですけど何? 私何かしました? これこそご褒美?」

「あ、わり」

照れ隠しに脇腹を軽く蹴飛ばしてしまった。

痛そうにそこを押さえながら平尾はフラフラと立ち上がり、オレに抱きついてくる。

「榛名くんってやっぱりSだよね。もう、私以外相手いないんじゃないかな」

「誰のせいだと思ってんだよ」

「それってちょっとこっちのセリフだったり」




2013/05/24
色々あってドMを書きたくなりました。 でも榛名がぬるいからここまでしかさせられなかった。すみません。本当は縛らせたりしたかった。
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