赤面ガール
これは五月の二十四日の部活の後の話である。
「何、ボーッとしてんだよ」
「ひぁっ、は、榛名くんじゃないですか! 奇遇ですね!」
「は? オレお前にデートに誘われたと思ったんだけど勘違いだったわけ?」
「いや、違います違いますごめんなさいごめんなさい! って、ええ!? でででデート!? そんなつもりはなかったんですけど、いや、そうだったら嬉しいけど、榛名くんが、わ、私とデート……なにこの素敵な響き。私今日死ねば最高に幸せかもしれない」
「人の誕生日を命日にすんなっつの。で、どこ行くんだよ?」
平尾 千紗子は、もしかしたら、や、多分をつけるまでもなく、オレの事が好きだ。
彼女と出会ったのは高一の時で、その頃はこんな挙動不審なヤツじゃなかった。
というか、他の奴にはおとなしくしていたのに、色々あり、オレには態度が物凄く悪かったのである。
いや、態度が悪かったというと語弊があるか。態度が悪かったというか、オレには、強気だった。それも物凄く。
あの頃からですます口調ではあったが、それでも。
「榛名くんって、宮下先輩のこと好きですよね」
秋丸が委員会の仕事だと言うので、オレは他の友達と飯を食った後、一人で飲み物を買いに、階段近くの自販機のところに来ていた。
今朝コンビニで買ったお茶を先ほど飲み終わってしまったのである。
そしてオレが目的のもののボタンを押したとき、階段の上からそんな声がして、声の方を見れば、その声の主は階段の一番上で仁王立ちをしていた。
逆光で表情はよくわからなかったが、多分笑っていたと思う。声と制服からして女子生徒のようだ。
「……は?」
「は? じゃないですよ。榛名くんって、宮下先輩のこと好きですよね。協力してあげるから感謝してください」
「は?」
「だぁー、かぁー、らぁー、は? じゃないっつってるでしょう? まあ、そんなわけ、なの、でっ」
と言って、彼女は、踏み切る。当たり前のように飛ぶ。一番上の段から。
そこから、普通に着地。階段の一番上から飛んで、普通に着地するのが難しいのは、何も高さからくる恐怖のためだけではない。
十数段分の幅。つまり、その分前に飛ばなければならないわけだ。
大抵の階段は12〜14段。今回は13段だと考えて、それから、後からなんとなく調べたところ、高等学校の階段の段差一つの幅は26センチ以上と定められているらしいので、ピッタリだと考えても、26×13となり、まあ、一番上の段に立っているので、その分抜かしてもいいのかもしれないが、その分くらい前に飛ばないと、アレだけ余裕を持って普通に着地は出来ないだろう。
とにかく、単純計算で、3メートル以上前に飛ばないとならないわけである。
ちなみに、女子高生の立ち幅跳びの平均は230センチ程である。
普通にあり得ない距離を飛んでいるわけだが、その点は、高低差を考慮すればクリアするだろう。
物理に乏しいオレには、2.5〜3メートルのくらいの高さが、1メートルという距離にどれだけ影響を及ぼすかなんて知ったことではないのだが。
まあ、だとしても、だ。
制服のスカートで、それも上履きで、平気でその距離飛ぶことが、普通に考えておかしいことくらい、誰にだってわかる。
彼女があまりにも当たり前に飛んだので、一瞬、当たり前のように思ってしまったけれど。
「ああ、飛んだ飛んだ」
「って、いや、待てよ。飛んだ飛んだじゃねーだろ」
「ああ、なんだっけ? そんなわけで、榛名くんは自分の恋に一生懸命になってくださいね」
そう言って、無邪気に、にぱっ。と、笑った彼女。
顔をみてようやく、それがクラスメートの平尾だとわかったオレだが、それよりも。
飛ぶなら、スカートの下にハーフパンツくらいはけ。というのがオレの意見であった。
彼女がオレにそんなことを言ったのは、自分が大河先輩を好きだったかららしく、しかし、その半年後、彼女は玉砕覚悟で告白に行き、砕け散って、オレに八つ当たりをするだけして、その後登校拒否になったのだった。
そして、その頃のオレはというと、宮下先輩のことは、吹っ切れたとは言わないまでも、そこまで気にすることはなくなっていたし、何よりも、先輩方が部活を引退したタイミングだったのもあり、忙しくて恋愛どころではなくなっていた。
かと言って、現在進行形で問題を起こしているアホを放置できるわけもなく、部活の後、毎日のように彼女のうちに通い、説得を試みるが、あえなく失敗。
"あえなく"を"会えなく"と、言い換えてもいいくらい、つまるところ、家に行っても彼女に会うことが出来ずに説得もろくに出来なかったわけだが。
そして、そんなある日、テスト期間の、部活のない日曜日に彼女のうちに行ったら、なんと、彼女が呑気に買い物をしに家を出るところに出くわし、捕獲に成功したのであった。
「いや、あのですね」
「オマエ、テストくらいこねーと進級出来なくなるぞ」
逃げようとする平尾の右腕を掴みつつ、そう言ってみれば、そんなのはわかってますよ。と、彼女は不服そうに呟く。
「なんでこねーンだよ? 大河先輩と会うの気まずいわけ?」
「ち、違います!」
「じゃあなんでこねーの? それ以外理由ねーだろ」
「は、榛名くんに何がわかるっていうんですか! 私にも色々あって、なのになんですか、毎日来たりして……私が誰と会わないように学校行ってないかわからないんですか!」
その口ぶりからして、というか。薄々勘付いていたのだが、彼女はオレに八つ当たりしたことをかなり気にしているようだった。
いや、別に、怪我させられそうになったわけでもないので、オレは全く気にしていないのだが。
肩を叩いて、声を掛けようとしたら振りほどかれて、罵詈雑言を浴びせられて、まあ、その時は腹が立って言い返したりもしたが、気にしていたりしたらそもそも毎日説得なんてしにこないわけで。
「オレに会いたくねーっつーなら、別に、学校で会っても話しかけねーし」
「そうじゃなくって」
「アレは、オレも声かけるタイミングがアレだったと思うし、八つ当たりしたこと気にしてンなら、学校こねーとオレが気にする」
「!!」
正直に言えば、どんなに罵詈雑言を浴びせられようが、なだめて、慰めてやればよかったと後悔していたのはオレの方なのだ。
「あ、あの」
「なんつーか、あン時は怒鳴って悪かったな」
「……私こそごめんなさい。榛名くんには話しちゃってたし、振られたあと話しかけられて、色々恥ずかしくなっちゃって、あんな。振りほどくような真似……。榛名くんの言う通りです。場合によっては怪我させてましたし」
「そんなコト言ったか? まあ、気にしてねーから、とにかく明日から学校来いよ。っつーか、テストは大丈夫なのかよ」
「それは、榛名くんじゃないので大丈夫です」
「やっぱ許さねえ」
そんな、何をしでかすかがわからない、破天荒な彼女が、オレのことを好きになったのは、バレンタインのことだ。バレンタインに告白されて気付いたとかじゃなく、きっかけがその日だと言い切れるようなことがあった。
平尾はまあ、オレに義理チョコを用意してくれていた。朝一番で受け取った。
クラスのヤツには大抵渡していたと思う。オレ以外にも、いろんなヤツに。別に友達のいないヤツではなかったのだ。
「榛名くん、なんでさっき、義理チョコ断ってたんです?」
「ンな沢山食えねーし。もらっておいて食わねーのわりーし」
「沢山って自分でいいますか。なんというナルシスト。これから沢山もらう予定でもあるのでしょうか。じゃあなんで本命っぽいのは受け取るんです?」
「オレの為に持って来てくれたのは流石に断れねーだろ。別に彼女いるわけでもねえし」
「ふうん。あれ? じゃあなんで私のはもらってくれたんです? 私のバリバリの義理チョコですけど」
「お前のはオレの為の義理チョコだから違うだろ」
彼女の頭にはてなが浮かぶ。それはそうだろう。
というか、よくわからない馬鹿なことを言って誤魔化そうとしてしまったのをオレは少し後悔した。
オレはまあ、単純なヤツで、長くそばにいれば、情が移るタイプで。
「つまりどういうことですか?」
「あー、違う。なんつーか、聞き流してくれてかまわねーンだけど」
オレの為のってのは、ただのオレの希望で。
「お前のはオレが特別なんだよ」
そういうことだった。
「……いや、聞き流せないだろ。と、ミサカは冷静にツッコミをいれます」
「いや、なんでいきなり禁書目録ネタなんだよ」
「いやいや、待って待って、それはつまり、いや、勘違いか。気のせいか。ははははははは」
「とりあえず落ち着け。なんか悪かったあやまるから、ホント落ち着いとけ」
「聞き流したから! 聞き流しましたから! じゃあ失礼しましたさよならベイビー!」
それからである。彼女の態度が目に見えて可笑しくなったのは。
聞き流したことになっているので、彼女は自分も好きだとかそういうことは全く言ってこないし、かと言って、あの態度。オレがああ言った事によって、色々考えてみてしまって、結果そういう結論に至ってしまったのは間違いないだろう。
オレの気持ちへの対応に困ってるだけなら、彼女は関係を断つ。そういうヤツだ。
まあ、聞き流されたことになっているので、再度オレから言ってやるのもやぶさかではないのだが、前に、彼女が、告った方が立場的には下ですよね。下僕ですよね。なんてふざけたことを言っていたことを思うと、出来れば避けたいところ、とはいえ、なんにせよオレが先に告白したようなものなので、というか、聞き流されたことになっていてもそれは間違いないので、ここで意地を張るのもおかしいかもしれないが。
とまあ、言い訳はともかく。正直面白いからこのままにしているというのもある。
アレだけ強気に、人をバカにした態度をとっていた彼女が、本番に強く、本人的には本番ではないらしい立ち幅跳びの計測時には、平均に遠く及ばない数値を叩き出した癖に、インパクトを与える為だけにしたあの階段ジャンプを成功させた彼女が、つまりは、度胸だけはあるはずの彼女が、これだけビクビクしているのが面白いのである。
「どこ行くんだよって、今日は榛名くんの誕生日なのですから、それは榛名くんが決めるに決まってるじゃないですか」
「は? そんなら先言っとけっつの」
もちろん。今日は平日で、もちろん、学校も部活もあったわけで。
最初に言った通り、今はその後の時間なのだ。早めに行くところを決めないと、何もできなくなってしまうというものである。
「まあ、その、行くとしたらご飯とかかな、と私は思ってたんですけど。あ、勿論金欠でも大丈夫ですよ! 誕生日なので私が奢ります!」
「いや、いいっつの。そんなかっこわりーこと出来るか」
頭を掻きながら、だとしたらどこへいくか、と思考を巡らせる。
近場のファミレスといえばカストだが、カストには、下手をすると、部活中に誕生日を祝ってくれた部員たちが。ようするに、部活の後は彼女さんとお祝いするですよね! なんてニヤニヤしながら言っていたあいつらがいる可能性がある。
それに出くわすのは出来れば避けたいものである。
「それじゃ普通に遊ぶのと同じじゃないですか」
「それで良くねー? オレは誕生日オマエが祝ってくれようとしてくれただけで嬉しい、し?」
そう言って、意識を彼女に戻せば、いつの間にか真横にいた彼女が消えていて、電柱に頭をガンガン打ち付けていた。
「って、何やってンだよ! バカかオマエ! っつーか、ただでさえバカな頭更に悪くしてどうすンだっつの!」
「む。榛名くんにはバカバカ言われたくないです」
「こちらこそ照れ隠しに頭を電柱に打ち付けるヤツにだけは言われたくないです」
「べ、別に照れ隠しとかじゃないです! っていうか、祝ってくれようとしてくれるだけで嬉しいなんて、どうしてそういうことあっさり言えるのかがわからないふじこふじこ」
「口でふじこふじことかいうヤツ初めて見たわ。というか、絶対使い方間違えてるだろそれ」
「そんなことはないです。はぁ、とにかくこれからどうするんですか? ご飯でいいなら早く行きましょう、よ? って、なんですか近」
「……つーか、オマエおでこ赤くなってンぞ、大丈夫かよホント」
と、額に触れてやるのは勿論わざとである。
鈍感主人公ではないのだ。流石にこうすれば何かしら面白い反応をしてくれるであろうことくらい、予想出来るし、それを狙うことも可能というわけだ。
「ばっ、バカ、さささ触っ、触らないでくりゃしゃ」
「ああ? 痛いわけ?」
「ち、ちがっちが、違います!」
「良くみりゃ顔まで赤くなってるけど、なに、顔面全部ぶつけたンかオマエ」
と、言いつつ、前髪をあげるように額を軽く押して、顔を覗き込む。
適当に言ってみたのだが、予想通り耳まで真っ赤になっていた。
「あのさ、オマエ大河先輩にもこんなんだったわけ?」
「え、はい? な、何が? なんで?」
「いや、そうだとしたら、言いようのない感情がこう、な。とりあえず、なんつーか、オマエさ」
「いい、い、いい加減顔を離そ、離しましょうよ」
「オレのこと好きだろ」
「――――っ! だ、誰が! だったらなんか悪いですか!」
「いや、否定するのか肯定するのかどっちかにしろよ」
「だ、だって、榛名くんがもう、あんなこと言ったから悪いのに! なんなんですか! 誕生日だからって調子に乗ってるんですか!」
「聞き流したンじゃなかったのかよ。まあいいけどな」
いい加減、オレも恥ずかしくなってきたので彼女を解放し、代わりに頭を撫でた。
「じゃ、オマエは今日からオレの彼女ってコトでいいんだよな?」
「は、はい」
「じゃ、いい加減敬語やめれば?」
「これはキャラであり癖であり、そんな簡単に変えられるものではないんです! と、私は主張します」
「なんつーか、敬語使われると征服欲が高まる」
「む。とっくに私の頭の中を独占どころか征服しちゃって、挙げ句の果てには革命おこしちゃってる人が今更何をいいますか。とにかく! ご飯でいいんですよね! じゃあもう私が決めました! 今日はサイセです!」
ちなみに、平静を装っているようだが、彼女の顔は未だに耳まで真っ赤である。
「あ、あと、朝にも言いましたけど、折角付き合ったので改めて」
「ああ?」
「お誕生日おめでとうございます。私の彼氏さん」
「おー、あンがとな、オレの彼女さん」
そして、多分だが、オレも耳まで真っ赤だと思う。
2013/05/24
榛名くん誕生日おめでとう!ええと、榛名くんは、今年で26か、20です。でも一応高校設定で書きました。おめでとうございます。大好きです。榛名くんの誕生日にはニートになってしまうかと思ってましたが、お友達のご好意で、なんとかほそぼそやっていけそうかな? という感じだったりしてます。今年も私は榛名くんの幸せを願ってます。