水星に沈む
「未練たらったらな顔してるよな」
「んなコトないですもん。未練なんかさらっさらですもん」
「オイ、結局なんか流れ出してんだけど」
これはまあ、彼氏と別れたとか、そんな話である。
「未練あるならなんでアイツのことふるわけ?」
「ちょっと恐ろしい噂をきいてね」
「なんだよ。その恐ろしい噂って」
言ってもいいものかと一瞬悩んだが、私は元来隠し事が苦手であり、秘密が嫌いで、物事を内緒に出来ない人間なので、直ぐに思考を停止し、恐ろしい噂の詳細を口にする。
「榛名は、私のこと好き、とか、そういう話をちょっときいて」
「……は?」
「別に、完全に信じたわけじゃなくて、ただ、火の無いところに煙はたたないし」
「それで、なんでアイツをふることになンだよ」
「榛名の機嫌が悪いと、周りに迷惑がかかるのよ」
「はあ?」
「冗談。私がなんか嫌なの。それだけ」
っていうか、否定しなさいよ。と、私が呟くと、榛名は気まずそうな顔で頬杖をつき、窓の外へと目をやった。
窓の外には綺麗な夕焼けの空が広がっていて。それを映す榛名の瞳も、凄く綺麗だ。
「でも、オレと付き合う気はねーんだろ?」
「まあ、好きじゃないし」
「じゃあなんで別れたんだよ」
「榛名と遊んでる方が楽しいってわけではないんだけどね。榛名のが面倒じゃないし、榛名と彼なら榛名をとりたいというか」
「はあ?」
「私もよくわかんないんだけど、なんか嫌だったの。というか、榛名がその気なの知ったら、私これから榛名と遊んだら浮気じゃん? 浮気は嫌じゃん? みたいな」
「いや、浮気じゃねーだろ。男友達と遊ぶくらい」
「榛名が私のこと好きなのを私が知ってて遊んだら、それは浮気と変わらないよ。キープ行為と取られても仕方ないし」
「そもそも、オレはオマエのこと好きなんて言ってねーケド」
「……信じてもいいわけ?」
「ごめんなさい」
その台詞は、私の話の仮定だった部分への肯定で、なんて情けない告白なんだろうと私は思った。
それにしたってどうしようもなく困る。どうするんだ、こいつは。そして、私は。
榛名に期待させる為に別れたわけではないのだけれど。でも、こんな話をしていたら、結果、そういうことになってしまいそうで。
性格上話さないわけにはいかなかったけれど、でも、もしかしたら言い方が悪かったかもしれないと後悔をした。
榛名は未だに窓の外を見つめている。まあ、それについては、視線を合わせたくないのはこちらもなので助かるわけだが。
「私、別に榛名のこと好きじゃないよ」
「知ってる」
「大切な友達というか」
「一番が抜けてんだろ」
「……自分で言う?」
「いや、否定しろよ」
「事実だからね」
遊んでて一番楽しいわけじゃない。ただ、本当に面倒がなくて、楽なのだ。
榛名には変に頭を悩ませなくてもいいから、とても楽。
でもそれは、好きとは違う。好きな人相手なら、どうしたって頭を悩ませてしまうだろうし。
「はぁ……なんつーか、オマエって、恋愛に向いてねーよな」
「なにそれ、急に」
「好きな理由を考えなきゃ好きになれねーとことか。好きならこうあるべきではないのか、とか、余計なことばっか考えるとことか、絶対向いてねーって」
「恋愛にも、向き不向きってあるんだね」
「でも、未練あるならちゃんとアイツ好きだったんだろ。元サヤすりゃいいンじゃねーの?」
「だって、毎日メールとか面倒なんだもん。電話で、会いたいって定期的に言わないと、好きってことにならないの?」
「……やっぱ向いてねーわ。好きだから自然に毎日メールしたくなって、電話で声聴きたくなンだろ」
「学校であってるのに?」
「そーいうもんなんだっつの」
「だから、榛名も毎日メールくれるの? 部活終わったーとか。今テレビなに見てるー? とか」
「あえてそれをきくか」
「ごめんなさい」
「好きじゃなきゃ、お前になんてこんな構ってやってねーっつの」
榛名が私の頭をぐしゃぐしゃ撫でた。
そういえば、私に彼氏が出来てからは、こんな風に撫でられることがなかった気がする。
気を使ってくれていたのだろう。今更になってそんなことに気付いたところを見ると、やはり私は私で、ちゃんと恋に盲目になれていたのかもしれない。
「なんにせよ、やり直してーなら、今ならまだ間に合うンじゃねーの?」
「んー、気持ち的に途切れたから私が無理かも」
「アイツと元サヤしねーなら、多分、オレはお前が望んでるような関係維持出来ねーケド」
「それは、なんとなくわかった」
そうなったら残念だな。とは、思ったけど。
それで、そうなったら終わりだな。とも、思った。
「私達、これからは親友じゃないんだねえ」
「ごめんな」
「いいよ、私が悪いもん」
乱暴に頭を撫でていた手が、私の髪に優しく触れた。
振り払いたくなるほどじゃないが、違和感を覚える。
「まあ、とにかく、オレはオマエンこと、好きだから」
「うん」
「これからは、そのつもりで頼んだ」
「うん」
何が「頼んだ」なのかはわからないけれど、私は頷いた。
「ごめんね、榛名」
2013/05/02
否定してくれないかな。嘘ついてくれないかな。って期待してた、性格の悪い子の話。近付き過ぎたけど、結局離れられない。