プロローグ


突然だが、オレ、榛名元希は、一週間前から幽霊にとり憑かれている。

そいつは、自分の名前は覚えてないらしく、年は多分オレより下か同い年くらいの女で、幽霊の癖に足がある。そして何故かオレだけは彼女に触れることが出来るようだ。

つまり、体が半透明でさえなければ、彼女は普通の女の子だった。



一週間前、学校から帰る途中のこと。彼女は、苦しそうに暗い道の端でうずくまっていた。当然オレは心配になって声をかけたのだが、そもそもあんな暗いところにうずくまっていたのに、彼女の体はやけにはっきりと見えていて、どこかおかしかった気がする。

兎にも角にも、そこで話し掛けてしまったが最後、オレは、名前を思い出すまでという期限付きで、彼女にとり憑かれることとなった。

(榛名は、ほーんと部活部活で全然名前探し手伝ってくれないよね。漫画とかなら、主人公は困ってる幽霊の為に色々してくれるのに)

「いま練習試合してんだからベンチで黙って待ってろ」

(ベンチ遠いんだもん。ほらほら早く三振させちゃいなよ。あの打者はアレだよ。榛名程度のスライダーでも空振ってくれちゃう、めちゃくちゃ有り難い打者なんだから。)
どこかで聞いたようなセリフを聞きながら、先輩のリードに頷き、ボールを放る。彼女の言った通り、その打者は大した打者ではなく、あっという間に三振をとることだ出来た。これでアウト3つ目だ。

攻守交代でオレがベンチに戻るのに、彼女はてくてくと後ろから着いてくる。この一週間、このアホ女がいるせいで、集中力が足りないなどと何度怒られたことか。半径何メートル以内だったかにいないと消えてしまうらしく、部活中にどこかに行っていてもらうことすら出来ない。名前の手掛かりを一人で探してこいとも言えない始末である。

(向こうの投手の深谷くんね。)

「あ?何だよ。知り合いか?」

(私の好きな人なの)

思わず、水分補給に飲んでいたスポーツドリンクを吹き出すところだった。なんとかそれをこらえてむせていると、加具山先輩が、最近榛名、一人で騒がしいよな。と呟くように言ったのが聞こえた。

しかし、どうりで向こうのチームについて詳しいわけだ。そういや、彼女が最初に自分は野球部マネだったとかいってたような気もする。だからオレのことも知ってた。とかなんとか。

「好きなヤツ思い出す前に名前思い出せ、名前。つーかアイツに後で聞いてみるか。あの学校でマネやってたんだろ?」

(あ!いや!あのね!名前はもういいの!)

「は?なんでだよ。名前思い出せねーとジョウブツ出来ねーんだろ?」

(違うの、本当はね、私榛名にあの子に告白するの手伝ってもらおうと思って、嘘ついて騙してたの……あいたっ)

ムカついたので一発叩いてやった。その仕草を秋丸が不審そうにみていたが、ここのところ毎日こんな感じなので、正直もうあまり気にならない。

「じゃあなんだよ。告白出来りゃあジョウブツ出来るわけ?」

(多分。私も幽霊になったの初めてだから、よくわかんないんだけど)

「そりゃ二度も三度も幽霊になってたらビックリだけどな。で、手伝うって、オレはどうすりゃいンだよ?なんにせよ試合終わってからにしろよ」

(簡単簡単。身体をちょっとの間貸してくれたら、直接コクりに……あいたっ)

自分の身体でコイツがあいつに告白するところを想像してみたが、全然笑えない。

また秋丸がこちらをちらりと見たが、オレは無視した。

(お!そろそろ、ネクスト行かなきゃじゃないの?かっとばせー!は、る、な!)

「あ、ああ。ったく、オマエと会ったのが大会中じゃなくてよかったっつーか。大会中じゃなかったのが不幸中のサイワイっつーか。なんにせよ大会中この集中力じゃ最悪だったろうな。」

つーか、元(?)チームメイトで、好きなヤツ相手に、こいつはオレがかっとばしてもいいのだろうか。

わざわざ指摘はせず、黙ってネクストに座って待機する。練習試合とはいえ、流石にここで集中を欠くわけにはいかないのだ。

それなのに、彼女はのこのこオレの後をついて来て、オレのすぐ隣に立って、深谷くんとやらを見つめる。

(まあ、深谷くん、彼女いるんだけどね)

それだけ言って彼女はベンチに戻った。半径何メートルとかというのも、多分部活に着いてくるための嘘だったのだろう。普通に、人間みたいに椅子に座り、試合を見ている。

そんな彼女に、全然集中出来ないままバッターボックスに立ったオレは、酷いバッティングをして、ベンチに戻ったあと、またもや大河先輩に叱られた。

今回ばかりは、彼女がぐだぐだと喋っていたわけでもなかったので、完全にオレが悪かったのだが、大河先輩の後ろにひっそりと立つ彼女は申し訳なさそうに、ごめん。と頭を下げ、次の守備では、オレの隣には来なかった。やはりベンチから試合を眺めていた。

「身体、貸してやろうか?」

次の攻撃。オレはベンチで彼女にそう言ってみたが、彼女はふるふると首を横に振った。オレは彼女が何を考えているのかがわからず、ため息をついて、彼女の隣に腰を下ろした。

「……告白すんじゃねーの?」

(どうしようかなって)

「告白してーんだろ?」

(したいけど、したら私は消えちゃうし。消えるのが怖いというか、あのさ、榛名は)

「榛名!守備!最近お前ボーっとしすぎ!」

「うわ、すんません!」

「ったく、体調悪いならオレ変わるけど、大丈夫か?」

彼女の言葉は、多分大切なところで加具山先輩に遮られた。そしてオレが守備から戻ってくると、彼女はもともと存在しなかったかのように、そこから消えてしまっていた。



試合終了。オレ自身は守備も攻撃も酷すぎて思い返したくないようなさんざんな試合だったが、先輩達の頑張りによって、なんとか勝った。

結局、彼女がいなくなったことに馬鹿みたいに動揺したオレは、加具山先輩に体調が悪い認定をされ、代わってもらうことになってしまったのである。

そしてオレは、彼女のことがどうしても気になってしまい、練習試合終了後、何故か慌ただしく帰り支度をしている相手チームの元へと向かった。

「あの、深谷さんスよね。ちょっといいスか?」

「ん?ああ、榛名だっけ?オレも二年だし、タメでいいよ。なに?どうしたん?」

「あー、なんつーか、そっちのマネのことで話が」

「マネ?ああ、アイツ、榛名の知り合いだったんだ。今の試合中に意識取り戻したって連絡きた話?オレら今から見舞い行くけど、もしかして一緒にきたいんか?」

「は?意識?見舞い?」

なにやら色々予想外の言葉が飛び出してきて、オレの思考は少しの間停止した。

「え?違うん?」

「いや!そうそう!そうなんだよ!そうなんだけどよ、こっちは今からまた練習あるし、オレ病院知らねーから訊こうと思ったっつーか……」

我ながら無茶苦茶な言い訳だと思ったが、深谷は、信用してくれたようで、親切に病院の名前と、彼女の部屋番号を紙に書いて教えてくれた。



そして翌日。その病院のその部屋へと訪ねてみれば、個室らしく、ドアの横のプレートには彼女の本名だと思われる名前のみ書かれていた。

これで、漫画みたいに、あなた誰?とか言われたら、絶対殴ってやると思いつつ、中に人が居ないことを確認し、不躾だとわかっていながらも、オレはノックもせずにドアを開いた。

「えーと、あなた誰?」

オレの姿を捉えた彼女のその言葉に、息を飲んだ。そりゃあそうだ。アレは夢みたいなものだったのだから。と、妙に冷静に考えている自分がいる。部屋を間違えたことにして出て行ってしまおうか。そう思い始めた頃、彼女がまた口を開いた。

「あははっ、榛名なら絶対叩くと思ったのに、叩かないんだね」

一瞬呆けたが、ムカついてすぐに彼女に歩み寄り、頭を軽く叩いてやった。否、撫でたようなものだった。

彼女は、幽霊でいた時とは違い、頭の手術でもしたのか、髪がすっかり剃られている。そして、所々に見え隠れする傷跡が生々しかった。

そういえば、死んだ理由は交通事故だったとか言っていた気がする。生きてはいるが、事故に遭ったというのは嘘じゃなかったのだろう。

「昨日さ。深谷くんに告白したよ。たまたま二人きりになれたから。」

オレがベッドの脇に出されていたパイプ椅子に腰掛けると、彼女は話し出した。外見こそ多少の違いはあるが、話し方は幽霊の時のままだ。

「そうか。で、どうしたんだよ」

「最初、意識失ってた間のことなんて全然覚えてなかったんだけどね。深谷くんが、今度榛名がくるって教えてくれてさ。それで思い出したんだ。榛名にお世話になったって。」

「じゃなくて、告白の返事はどうだったんだよ。わざわざお前、生き返ってまでコクったんだろ?」

「いったじゃん。深谷くん彼女いるって。それに私、深谷くんにコクるために生き返ったんじゃないよ」

「じゃあ、なんで」

そう言いかけたオレの顔を、彼女はにんまりと笑って見ていた。それに気付き言葉を止めると、彼女は、なんでだと思う?と逆にオレに問いかけてくる。

「知らねっつの。そんなんわかるか。」

「わかってる癖に。」

「わからねえっつってんだろ」

「だからぁ、榛名と、アレだけで別れちゃうのが勿体無い気がしたからだよ。」

照れたように、ほんのり頬を赤く染めて言う彼女。ちゃんと血の通った人間なのだと実感し、何故だか嬉しく思った。

「幽霊になってから告白するのが大変だってわかったから先に言うね」

「ああ?なんだよ」

「私ね、多分榛名を好きになるよ。」

「深谷くんはどうしたんだよ。諦めんのか?」

「だって、深谷くんには私が見えなかったもの」

そう得意気に言う彼女が少し可愛く見えたというのは、もうしばらく本人には言わないでおこうと思う。

「まあ、オマエみたいなアホな幽霊は、見えねー方が楽だろうしな」



2010/08/23
深谷くんは多分両親のどっちかが関西ですよね。微妙に話し方が関西だもの。
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -