帰路で告ぐ
「榛名も丸くなったよね」
「お前もな、特に体型が」
「丸くなってねえよ! ぶっとばすぞ!」
榛名元希は私のクラスメイトである。
野球部でピッチャーなんぞやっていおかげでそこそこモテるし、本人も彼女らの冗談半分さを含めてそれを理解していた。
その辺、頭の悪いやつじゃないとは思う。というか、昔からそう思っていた。
何を隠そう、私は榛名のことを中学時代から知っているのだ。
「つーか、なんでいきなりそんな話になったンだよ?」
「昨日、アンタ部活の先輩達と帰ってたでしょ? なんか、シニアの頃と随分態度が違うなって。教室でも思ってたけどね」
意味わかんねー。と、隣で自転車を押す榛名が呟いた。
昨日は先輩達とで、今日は私と。たまたま帰る時間が被ったからなのだけれど、先輩達に、今日オレこいつと帰るんで、先帰って下さい。と、私を優先してくれるところは、やっぱコイツ私のこと好きだよなー。と思う。
思ってはいても、そこまで自信は無いから本人にはきかないけれど。
「つーか、昨日もあんな時間に外いたのかよ」
「うん、あれ。最近委員会が忙しいんだよ。ほら、生徒会選挙近いでしょ? 私選管だからさ」
「女子があの時間に一人ってあぶねーだろ」
「大丈夫だって、私最近主に体型が丸くなったらしいし」
「デブ専の変質者がいたらどーすン……いって!カバンで殴るかフツー!?」
しかし、こんな会話出来ちゃうあたり、本当に榛名は丸くなった。
シニアの頃なら、カバンで殴りつけようもんなら、間違いなく舌打ちしてこちらを睨み付けてきただろう。まるでDQNである。
いや、それよりも、シニアの頃の彼をカバンで殴りつけるなんて、度胸のない私には不可能だ。
「まあ、悪いことじゃないから、良いんだけどね」
「何がだよ?」
「だから、丸くなったって話」
「まだその話題続いてるわけ? ベツにそもそも丸くなった云々なくても、部活の先輩にはああいう態度とるモンだろ」
「そしてシニアの後輩にはああいう態度をとるモンなのね」
「いまっだに、タカヤに怪我させたりしたこと怒ってるわけ? オマエ」
「アザだらけだったなー、阿部くんの身体……」
見たことないけど。
「でも、そもそもありゃ、アイツがとれねーのが……いって!」
「アンタのノーコンのせいもあんでしょーが。なんかもう、ホント榛名ってサイテー」
カバンをぶつけたところをさすりながら、流石に二度目にムカついたのか、榛名が少しこちらを睨み付けた。
あの頃には劣るけど、まあ、そもそも目付きが悪いからそれなりに怖い。
シニアの頃は本当に怖くて、会う度にコイツに恐怖したのを覚えている。それなのに、私はもよくもまあ、こいつと同じ学校に通うことにしたものだ。
まあ、たまたま被っただけなんだけど。
「オマエさ、まだタカヤのこと好きなわけ?」
「なんの話? 私にはよく理解出来ないのだけれど」
「あれでバレてねーつもりなら、それは、なんかアレだ」
「このボキャ貧」
「気付いてなかったンは、多分タカヤだけだろ」
「知ってるっつの。なんなの、榛名こそ、いきにゃり」
噛んだ。
「オマエ、オレが入ったときからタカヤのこと好きだっただろ。なんでかなーって、結構ずっと思ってた」
「あー、えーと、なんでだから、そんな話に」
「いいから答えろよ」
どっちをだよ。まだ阿部くんを好きかって話か、それとも、なんで阿部くんを好きになったかって話か、そこをはっきりしろよ。
そもそも私が阿部くんと出会ったのは、シニアの試合の時だった。あの頃の阿部くんはまだレギュラーではなくて、同じチームにいた私の弟もまた然り。でも、阿部くんは今でこそ全く連絡をとってはいないが、あの頃の二人はそれなりに仲良かったようで、試合が終わった後に、紹介してくれたのだ。
『これ、うちのねーちゃん』
『電話とかうちにかけたら、ねーちゃんがでるかもしんないから』
そしてそれから、携帯を持たされていなかった弟と連絡を取るために、阿部くんはよくうちに電話を掛けてきた。
どうも、シニアがない日も一緒に遊んでいたりするようで、阿部くんは学校に友達がいないのかと心配になったくらいだ。
うちにも遊びに来たし、それもあって、私も暇だったのでたまにシニアの試合や、練習を見に行くようになった。
顔を合わせれば挨拶したし、弟が遊ぶ約束をしていた癖に、居残りで帰宅が遅れたときには、家にあげてジュースを出したりしてあげて。
まあ、そんな感じの毎日だった。
そして、男っ気のない日々を送っていた私は、何時の間にか阿部くんを好きになってしまっていたのだ。
本当に何時の間にか。
明確ではないが、一応きっかけをあげるとしたら、私が図書館に本を返しに行った日、帰り道、コンビニに寄っていたら、その隙に雨が降り出して、そこで立ち往生していた時だ。
通り雨だろうと思っていたのに、その雨はなかなか止まなくて、五百円のビニ傘を買おうかと考え始めたとき、たまたまそこを通りかかった阿部くんが、うちに来る途中だったから、ついでにと自分の傘に私を入れてくれたことがそれに近いかもしれない。
アレだって、別に、そこまで特別な思い出というわけではないけど。
当時の私は、「やった、ラッキー」程度にしか思ってなかっただろう。
でも、榛名がシニアに入る頃には、私は間違いなく阿部くんを好きになっていた。
弟への電話が、阿部くんからかかってくるのを心待ちにしたり、弟と遊びにうちを訪ねて来る阿部くんに浮かれたり、そんな日々。
まあ、そんな、私が好きだった阿部くんは、榛名のせいで性格がゆがんじゃってどうしようもなくなってしまったから、榛名の最初の質問に答えるとしたら、ノーだ。
私はもう、阿部くんは好きじゃない。
いや、性格変わったから嫌いになったわけじゃないけど。彼には元々ああなる素養があったと思うし。しかし、そもそも、私は暫く彼に会ってないし、声も聴いていないのだ。気持ちを持続させるには燃料不足もいいところだろう。
「何黙ってンだよ」
「……阿部くんを好きになった理由は、自分でもよくわからないけど、今好きじゃないのはわかるかな。これで満足?」
「ンだよその言い方」
「じゃあ、ききますけどー、榛名は、宮下先輩まだ好きなのー?」
「は? おま、そーゆーこと訊くわけ? 意味わかんねーし」
「あのねえ、アンタがやったのはこういうことです」
「ああ? じゃあなに? オマエ、オレンこと好きなわけ?」
「は? 何故そうなる」
「オレは、オマエにだから、そううこときかれンのがやなんだっつの。わかれバカ女」
「はああ!?」
誰にだって、昔好きだった人のこときかれたくない部分はあるだろう。
正直、私のと違って榛名のは失恋だったわけだし、嫌なのは私相手じゃなくても同じだと思うのだが、その辺も差し置いて、何を言いやがった。
榛名が足を止めた。等間隔で道を照らす蛍光灯はあまりにも頼りなくて、彼の表情はよく見えない。
「いつから、なの」
「わかんねーケド」
「なんで言うの」
「だってオマエ気付いてただろ」
そう言ってから、榛名は軽く深呼吸した。
「答えは」
「好きでもなきゃ、二人で帰ったりしない」
「ったく、もっと可愛い言い方出来ねーのかよ」
「煩いデブ専」
「いつまでひきずんだっつの。つーか、こんだけ学校から離れりゃ、先生にもみっかンねーだろ。おら、後ろ乗れ」
当たり前のように言う榛名だが、私は、榛名と二人乗りした事なんてこれまで一度もなかった。
これは、彼女特権ということなのだろうか。
先に自転車に跨った榛名の後ろに座る。スカート越しでも、荷台は冷たい。
「かたい、つめたい」
「文句言うなっつの。落ちんなよ」
日本語が下手な奴だ。文脈からして、寒いならしがみついてろとでも言いたいのか。
とりあえず、察した通りに腰に手を回してやれば、確かに少しは冷たさが紛れたかもしれない。
めちゃくちゃ照れるし、そんなこと考える余裕がなくなった。
そんなわけで私は、榛名が漕ぎ出した自転車が我が家につくまでの間、その温もりから逃れるすべを必死に考えるのであった。
2012/12/08
この手の短編書くの久々過ぎて、終わらせ方を忘れました。