しょうもない人


イヤフォンをした千紗子の耳元から、シャカシャカというわりと大きめな不快音が聴こえる。

普段は、音漏れするような大きさで音楽を聴くようなやつではないので、何かイライラすることがあったのは明白で、オレは話を聞いてやるために、立ったまま、後ろから彼女のイヤフォンを優しく外した。

「やっぱでけえ、これMAX近いだろ、オマエ耳壊れるぞ」

「MAXだよ。壊れてもいいよ、人の話聞くのだるい」

「何があったんだよ」

「いろいろ。仕事はうまくいかないし、なんかもう、友達ともうまくいかないし、親とも喧嘩するし、私の隣には誰もいないよ、くそ」

呟きつつも、千紗子が自分自身のことをかっこわるいなー。とか思っていることをなんとなく理解できる程度には、オレ達の付き合いは長い。

彼女が弱音を吐く時は、周りより自分にイライラしている時なのだ。だから、多分本当はあまり弱音を吐きたくないのだろう。

でも、吐き出させないと、今みたいに大音量で音楽を聞いたり、指が逆側にどれだけ曲がるかだとかを試し始めたり、軽く自分を傷付け始める。

オレは、それが心配だった。

「あー、なんか、私メンヘラみたいだね」

「ンなことねーだろ。まあ、言わなくてもわかってんだろーケド、どんだけ喧嘩したって、少なくとも、オレはオマエのこと好きだし、他のヤツも、そうだと思う」

「……ありがとね、ちょっと楽になった」

そう言って、彼女がようやく振り向いた。無表情だが、多分それは嬉しそうにしているのがばれないようにだろう。

今の千紗子のセリフは嘘ではない。無理して言ったわけではない。

彼女は、感情の起伏が、普通じゃないくらい激しかった。

だから、一言でもあればこうやってあっという間に立ち直れるのだ。

「とりあえず、喉乾いたからコンビニ行くぞ、ほら立て」

「なんか、今めっちゃ私かっこ悪かったよね。恐ろしくかっこ悪かったよね。わー、恥ずかしい」

「いいから立てっつってんだろ」

「おうよー」

ふらふらと立ち上がった千紗子を有無を言わさず抱きしめてやれば、驚きつつも、彼女も抱き締め返してくる。

こんな、病気みたいな彼女になんで惚れたのかときかれれば、普段とのギャップにやられたというのと、庇護欲を掻き立てられたというのが理由だろう。

我ながら、面倒な女を好きになってしまったと思ったこともあったが、もう慣れた。まあ、そもそも誰かに強要されたことでもないので、運命だったのだろう、とでも思うようにしている。

 「あの、そろそろ離そうか、榛名」

「いいから、ちょっとは我慢しろっつの、こんくらいご褒美貰ってもいいだろ」

「ご褒美のレベル低くない? まあ、榛名がいいならいいけどさ」

付け足すと、そのレベルの低いご褒美が欲しいから、オレは千紗子の側にいるのだろう。

「榛名って、ホント私のこと好きだよね。安心する」



2012/10/12
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