海と缶ジュース/銀八


結婚一年目の秋。特に何があったわけでもないが、二人で海に来ていた。

「やっぱ海は眺めるもだよねー」

「昔と言ってること変わってねえ?」

呆れた顔で言う彼に、そんなことないわよ。と言えば、いや、絶対変わった。と、ぶつくさいう彼。そっちは、細かいことに拘るところは変わらないみたいね。と嫌味を返してやれば、乱暴に頭を撫でられた。

「出会った時は、絶対お前とだけはこうはならないって思ってたんだけどな」

「まあ、私生徒だったしねえ。先生の方には彼女居たし」

「どうしてこうなったんだろうな」

「なにそれ、後悔してるみたい」

実際、後悔はしているのかもしれない。今の彼の一番は私かもしれないが、その頃の彼女さんと別れることになった理由からしてみれば、よく私が妻の座を獲得出来たな、と、自分自身にびっくりしている。

彼の元カノが、彼に愛想をつかせて他の男と結婚してしまったのは、先生だった彼が、他クラスのいじめられっこだった私を助けることで、いろいろ忙しくなり、彼女を構えなくなったのが原因だったらしかったのだ。

銀魂高校にはいい先生が多かったけど、うちのクラスはたまたまその年に配属になった、クソみたいな奴が担任で、そのせいで私は、委員会の担当だった銀八先生に助けを求めるしかなかった。

それで、助けてもらったからこそ好きになったのだけれど、でも、そんな原因を作ってしまった私だからこそ、彼とこんな風になれるのは、本来ならおかしいことの筈で。

しかし、その辺の事情を知らなかった私は、高校を卒業して、押し掛け女房よろしく、先生に猛アタックを仕掛けた。

そして、観念した彼が、初めて自分からデートに誘ってくれた日を私は今でも覚えている。

それから、付き合って三ヶ月くらい経った日に、彼の部屋の掃除をしていたら、押入れに茶封筒が隠されていたのを発見してしまい、そこにはその彼女さんの結婚式の写真が入っていて。

半年経って、その写真についてちゃんと訊くことが出来るまで、正直不安で仕方がなかったのだが、それでも、訊いてみれば、彼はちゃんと誤魔化さないで話してくれた。

あの時から、ただがむしゃらに好きだっただけの気持ちが、違うモノに変化した気がしたのだ。



「しっかし、こないだまであんなに暑かったっつーのに、最近は、さっみィな」

「本当、今年は秋らしい気候、全くありませんでしたね」

「おーい、また昔のこと思い出してたのかよ。敬語戻ってんぞ」

呆れたように言う彼に、あー、すみませんー。と謝ってやれば、千紗子ちゃんは反省してそこで暫く立ってなさい。と、宿題を忘れた生徒にでも命令するかのようにそう言われた。

何故かどこかへ行ってしまった彼をチラリと見てから、またガードレール越しに見える海を見つめ直す。

確かに、昔、海は見てるだけじゃつまらないと言った気がする。

あの頃の私はお子様で、隣に大切な人がいて、それだけで幸せだなんて、そんなことがあるなんて思ってもみなかったのだ。

と、その時。

「っう、わあっ!」

急に首筋に冷たいモノが押し当てられ、慌てて振り向けば、そこには缶ジュースを二つ持った彼が立っていた。

「冷たかったろー。ひっでェのよ、そこの自販機。こんな気温なのに、まだ冷たいのばっか」

「コーヒーとかならあったかいのあったんじゃないんですか?」

「俺コーヒー飲めないしー、つーかまた敬語。どうしたの、今日」

「はいはい、すみませんー。コーヒーだっていくらなんでも甘いのもあったでしょ?」

「いや、微糖とかじゃ銀さん全然足りないし」

「私は足りるからあったかいのがよかった」

「千紗子だけあったけェのじゃずるいでしょーが」

「なんて自分勝手な」

そんな会話をしながら、缶ジュースをあけて、中身を一口飲む。甘酸っぱいオレンジジュースの味が口いっぱいに広がった。

彼も隣で同じようにジュースを飲み、身震いをすると、やっぱさみィから車戻るか。と、ポツリと呟く。

「そんな薄着でくるのがいけないのよ」

「昨日はこんなに寒くなかったろ。というか、衣替えちゃんとしてない千紗子が悪いと思いまーす」

「はいはい、帰ったらやるから」



くだらない言い合いをしながら車に戻り、落ち着いたところで、私は鞄から例の物を出す。

「で、はい。これ、誕生日プレゼント」

「お、サンキュー」

受け取って、早速包装を剥がし、中身を確認する彼。

私はジュースを飲みながら、その様子を見ていた。

「誕生日おめでとう。銀八」

「ありがとー。え? っつーか、いつも、お前凄いセンスの物買ってくんな……期待はいい加減してなかったけど、今回のなんですかこれ。え、文房具? これ文房具なの?」

「ああ、それ、なんか雑誌で見かけて私が使ってみたかった奴」

「ねえ、これ俺へのプレゼントだよね? あれ? 俺の誕生日、高めの変な物買う口実にされてない?」

「気にすんなって。男だろ」

それでも、ケーキ予約してあるから、帰り、いつものケーキ屋さん寄ってね。と言えば、彼の機嫌はすぐに最高潮になった。

正直、何をプレゼントしてもケーキには敵わないので、わざわざ考えるのも馬鹿らしいのである。

そんなわけで私は、帰ってからあの文房具を試しに使う事を楽しみにしながら、彼と帰路につくのであった。



2012/10/10
珍しくその日のうちに書いてない坂田の誕生日夢です。最初は他のキャラ夢の予定で書き出したのに、あ、そういや、坂田の誕生日やん。とか思ってたらこうなりました。
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