最愛で幸いにも再愛/臨也


第四日曜日。また例の彼女が来た。いい加減死んで欲しい。

「で、なんて君は来て早々人のうちのソファーで寝てるの?」

「疲れてるの」

「契約違反じゃない?」

「仕事をくれればやる。だから早く言いなさい」

「あのさあ、あの時断ってなきゃ、こんな目に遭ってないってことは、理解してるんだよね?」

「あの時お受けしてたら、今頃どんな目に遭っていたことか」

私がその会話を仕事しながらもばっちり聞いているのをわかっていてか、二人はそんな、二人だけの会話を繰り広げる。

わかっていてか。なんて、尋ねなくてもわかる。二人は、特に臨也さんはわかっていてそんな話を彼女に振っているのだ。腹立たしい。

「別に、俺としては、今からでも受けてくれて構わないんだけどなあ」

「人の話聞いてた? というか今あなた彼女さんいるじゃないの。それなのによく、他の女に結婚しようなんて言えるわね。一回私と静雄の為に死んだらどうかしら」

嫌な予感はしていたが、やはりそんな話だったか。

一瞬、今も名前が上がった例の彼に連絡をしようと携帯に手を伸ばしかけたが思いとどまる。

別に、彼女の借金が増える事を危惧した訳ではなく、結婚というような話になってくると、臨也さんが本気で殺される。なんて心配をしたわけでもない。

思いとどまったのは、ただの思い付きだ。もしかしたら心の奥底になんらかの事情があったのかもしれないが、そんなことはどうでもよくて。

とりあえず、私は耳をすませて続きの会話を聞く。

「俺と結婚すれば、借金は当然チャラだし、今のきっつい仕事なんかしなくて済む上に、シズちゃんとの縁も切れて、良い事尽しなのに」

「静雄と縁を切るより、あんたとの縁を切りたいんだけどね」

「傷付くなあ。君がシズちゃんと付き合ってるのなんて、ただの」

臨也さんの言葉はそこで途切れた。

彼女が彼の口を塞いだのだ。唇とかじゃなく。ソファーに寝転がったまま掌で。

「それが事実であっても、私があんたと結婚するわけじゃないのはわかるでしょ?だから黙りなさい」

口を塞がれながらも、やれやれ。と言ったように肩を竦める臨也さんは人をイラつかせる名人だと思う。あの人にイライラしない人なんているのだろうか。まあ、どうでもいいけど。

「……まあ、じゃ、とりあえず、今日は池袋行って、いつものアレとってきてくれる?」

「はいはーい」

「シズちゃんに会っても寄り道しちゃダメだからね。仕事中なんだから、君は」

「そのくらいわかってる」

ソファーを覗き込むような態勢で彼女に話しかけていた臨也さんを避けるように彼女は起き上がり、立ち上がる。

そして、先ほど脱ぎ散らかしたジャケットを拾い上げ、すぐに部屋から出て行った。時間をおいて聞こえる玄関を開き、閉じる音。

「嫉妬した?」

「まあ、お望み通り。もう少しで静雄さん呼ぶところでした」

「なら、あの程度で話をやめておいて正解だったかな。ところで何もきかないの?」

「どうでもいいので」

「君って、独占欲強いのに過去には拘らないよね。でもさあ、俺は、現在の彼女にもプロポーズしたわけだよ?」

「だから静雄さん呼ぼうと思ってたんですって。でも、前にあったこととか、私はどうでもいいので、きくつもりはないです。話したいなら別ですが」

「ふーん。可愛げはないけど、君のそういうとこ、俺は好きだよ」

臨也さんはわかっていても、きっと知らない。その、好きの一言に、どれだけ心を踊らせているかを。

私が臨也さんに踊らされているというのは、確かに正しくて、ピッタリ過ぎる表現だ。

私はいろんな意味で、彼に相当踊らされている。まるで、ピエロだ。

「そういえば、前から聞きたいと思ってたんだけどさ、千紗子ちゃんは俺のどこが好きなの?」

「面倒臭くないところと、感情を変えさせてくれるところ」

「そういう君は面倒臭い女だよね」

そんな私のことが、好きなんでしょ。なんて、生意気な、自信過剰なことは言えないが。

でも、一つだけ言わせてもらおう。

「でもまあ、臨也さんが私に興味なくなったら、すがり付いたりはしないから安心してくださいね」

そう言った私を見て、臨也さんは一体何を企んでいるのだろう。

「そしたら、きっと、簡単にあなたのことだってどつでも良くなりますから」

「実はとっくにどうでもいいくせに」



2012/09/17
前に書いたやつの続きです。実は借金娘とイザヤくんとシズちゃんに昔何があったかはキチンと考えてあります。もしかしたらおいおい書いていくかもですが、予定は未定です。
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